2 狂い始めた主旋律
女の子は結局、水無月さんが助け出した。
彼女はすごい勢いで女の子を抱えて横断歩道の逆側にダイブ。
そのせいで怪我を負ったらしく、救急車に乗せられて病院に行くことになった。
「ごめんね香月さん、お昼の約束してたのに」
「ううん、それはいいんだけど」
なんで笑ってたの? とは聞けなかった。
「それより、大丈夫?」
「うん……どうだろう、どこか折れちゃってるかもしれない」
搬送の準備が整って「お友達も一緒に行くのかい?」と救急救命士のお兄さんに尋ねられるが、それは断る。
「水無月さん、あとでメッセ送るから!」
「うん、待ってる」
∬
転入2日目だってのに、遅刻することになるとは思わなかった。
残念ながら校門は完全に閉まっている。
統制学院は遅刻した生徒に大変厳しい。
一度遅刻した場合、ゲームでもその日1日学校に通うことは出来ない仕様だった。
「でも――ちゃ~んと抜け道があるんだよねぇ」
水面のカルテットをトロコンした私は知っている。
本来はゲーム中盤で使えるようになるのだが、抜け穴が校舎裏の壁に空いているのだ。
目算どおりに校舎裏で抜け穴を発見。
パンと鞄を先に穴の先へと投げ込むと、屈み込んでその小さな抜け穴を通り抜けていく。
ん? ちょ……引っかかって……。
やばいかも。お尻が引っかかって通れない!? 嘘でしょ?!
「おい、後ろつかえてんだぞ」
急に背後――といってもお尻側で何も見えないけど、から声がする。
どうやら男のようだ。
「しょうがないでしょ、ちょっと引っかかって通れないんだから」
「――はぁ、あのなぁ女がこんなところ通るか?」
「仕方ないじゃん、遅刻したときの抜け道ここしか知らないんだもん」
「――やれやれ。パンツ見えてんぞ」
「は!? 馬鹿じゃないの、変態?」
「お前が自分から見せてんだよ」
「ちっ――いいから後ろにいるんなら押しなさいよ。
あとちょっと、あとちょいで抜けそうなんだから」
「……分かったよ、ほら行くぞ」
男に押してもらって、なんとか通り抜けることに成功!
ふぅ~あぶない。
通り抜けてほっとしていると、私のあとから男が通り抜けてきた。
「げ……!」
私はそいつの顔を見た途端に、警戒と共に嗚咽を漏らしてしまった。
「なんだよ藪から棒に、恩人だぞ俺は」
「黒瀬……!」
「あ……? なんだよ、お前俺のこと知ってんのか?」
黒瀬は立ち上がると超上から目線で見下ろしてくる。
つーかでかっ。
設定だと身長180cm超えてたっけ?
確か元バスケ部で……。
ってそんな事はどうでもいい!
問題はなんで黒瀬がここにいるのかって事だ!
だって確か……今日こいつは水無月未名望と校門前でぶつかって……。
そうか……水無月さんは救急車で病院に搬送されていった。
なら、こいつと校門でぶつかるイベントは無くなったんだ!
でも、ならなんで黒瀬がこんな時間に抜け穴にいるんだろう……。
水無月さんとぶつからなかったにせよ、彼はとっくに登校しているはずだ。
なにかが……なにかがおかしい……。
「……ちっ、どうなってんの」
訳がわからない私は、舌打ちをして黒瀬を見上げるように睨みつける。
「……だから、さっきからなんなんだよお前。
俺、お前の事なんて知らねーぞ。
なのにさっきから、人をゴミでも見るかのような目で見てよぉ……」
黒瀬はあからさまに不機嫌な目つきでこっちを見ている。
って! そうだ、私はこのキモ男に関わらないようにしたいんだった!
とりあえず、今はこんなでかいだけのバカは無視するのが一番だ。
「別に、なんでもない」
そう言うと、1限目終了の鐘が鳴った。
やば、早く行かないと2限目はたぶん教室移動だ。
私は先に抜け穴から放り投げておいた鞄を掴むと、さっさと黒瀬の前を後にする。
「おい、この袋ーお前のだろ」
背後から黒瀬の間抜けな声が聞こえる。
あーそうか、私のパン……。でも水無月さんとのお昼の約束はなしになった。
なら別にお弁当があるし、それでいい。
「いい! あんたにあげる!」
振り返らずにそれだけ伝えると、足早に教室へと向かった。
∬
お昼休み。
「香月さん……良かったらご飯一緒に食べない?」
転入初日にオケ部に入ってしまっているからだろう。
同じクラスのオケ部の女の子がご飯に誘ってくれた。
でも、私はこのあと速攻でオケ部に退部届を出すつもりだ。これだけは譲れない。
「ごめん、ちょっと用事があって……」
「そう、良かったらまた今度」
「うん……ありがとう」
別に用事があるというのは嘘じゃない。
職員室に行って退部届の書類を貰いに行く必要がある。
事がうまく進めば、更に退部届けの提出までこなすつもりだった。
それに入ってすぐ、「気が変わったので辞めます」と抜けていくのだ。
我ながら身勝手極まりない、きっと彼女とは仲良くはできないだろう。
職員棟へ行き職員室へ。
担任の男性教師は不審がりながらも、渋々と退部届をくれて承諾の捺印をしてくれた。
問題はオケ部の部長兼顧問の
つーかなんで生徒が顧問兼ねてんのよ、ホントふざけすぎでしょ。
桃子女史がいてくれて本当によかったよ。
「そう……どうしてもというのなら仕方ないわね」
押しに弱い
今後もなにかと桃子女史には頼ることになるかもしれない。
ゲーム通りにCV:みんなのお姉ちゃんな事もあるし、仲良くしといて損はない。
退部届提出まで終えて一息つく。
スマホで時計を見ると、まだお昼を食べるには十分な時間が残されていた。
今ならカフェテリアも空いてきているはずだ。
∬
「頂きます」
教室へ戻って取ってきたお弁当を広げて平らげる。
今生の母親様は中々に料理が上手い。
よく出来た出汁巻き卵に舌鼓を打つ。
他に入っている和風のおかずだってどれも中々のものだ。
「ん~、最高。あーまた日本人でよかった」
小さな声で言いながら、マグも取り出してお茶を汲んで啜る。
すると、スマホの通知音が鳴った。
あ、やば……サイレントモードにしてなかったわ、そう言えば。
取り出して見てみると、アプリにメッセージが届いていた。
水無月さんからだ!
「心配ありがと、やっぱり右腕を骨折してたみたい全治2ヶ月だって」
彼女の送ってきたメッセージの上には、私が3限目後の休み時間に送った彼女の容態を案じるメッセージが表示されている。
私は――水無月さんのメッセージを読んで震え上がらずにいられなかった。
え……? なんで主人公が怪我してんの……?
全治2ヶ月……? 右腕骨折……?
待って! 待って、待って、待って!!
16年間の記憶があるし、私もバイオリンだから分かる。
右腕骨折して、右手に弦なんて持てるわけがないってことくらい。
顔面蒼白でご飯を食べる手が止まっていると、突然目の前の椅子が引かれた。
一人の男が引かれた椅子に座り、取り巻きのような男女4人がテーブルの周りを囲む。
「よぉ……カフェテリアで一人で弁当……? 美味いのそれ?」
「
なにかが……なにかが大きく音を立てて狂い始めていた。
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