第31話 文化祭初日 ―動き出すフェスティバル―

「文化祭開幕まで残り3分となりました! 各クラス最後の準備を整えてください!」


 竜弥の声が全校に放送される。

 かわいそうな奴め。

 文化祭実行委員の仕事があるせいで、開幕直前の円陣に参加できないとはな。


 竜弥を除いたクラス全員に夏原先生を加えて、全員で円陣を組む。

 今日と明日は制服ではなく、みんなお揃いのクラスTシャツだ。

 この後すぐに調理当番がある人は、エプロンと三角巾も身に着けている。


「よーし……みんな準備はいい?」


 日南さんがみんなの顔を見渡して、そして最後の気合入れをする。


「目指せ売り上げトップ! 楽しんでいくよぉ~!」

「「「「「おおおおお~!!!!!」」」」」


 盛大に声が上がり、そして自然と拍手が起きる。

 他のクラスも同じような状況なのか、あちこちで歓声や拍手が鳴り響いている。


「グループに送ったシフト表を見ながら、交代も円滑にできるように少し早めの移動をお願いしますね~!」

「了解!」

「オッケー!」


 神奈月さんの呼びかけに、あちこちから反応が上がる。

 クラスは全部で40人。

 これを初日午前、初日昼、初日午後、2日目午前、2日目昼、2日目午後の6つに分けて編成してある。

 おそらくもっとも急がしてくなるであろう2回の昼当番には、調理にも出前にも接客にも多めに人員を配置した。

 まずは俺も神奈月さんも調理の担当だ。

 ぶっ続けで昼まで調理場を担当し、午後は特に担当がないので他のクラスを見て回る予定になっている。


「まあ最初はのんびりやろっかぁ~」


 エプロン姿の日南さんが、調理スペースで大きく伸びをする。

 廊下を挟んで向こう側にある空き教室も使用するため、調理スペースも客席もかなり広めにとることができた。

 外にも各クラス1店舗までの屋台を設置してあるし、同時にかなりの客数をさばけそうだ。

 試作メニューをSNSにアップした時の評判が良かったことも考えて、材料も最初の予定より少し多めに仕入れてある。

 人が来なかったらかなりの大赤字だけど……

 まあ、すでに昼ごろ届けてほしいという出前の予約も入ってるし、きっと大丈夫だろう。


「文化祭開幕10秒前です!」


 再び放送から竜弥の声が響く。


「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0! 第38回文化祭開幕ー!!!」


 あちこちで一気にみんなが動き出す。

 きっと竜弥も放送をした足で、チラシ配りに校舎中を回るはずだ。


「オーダー入ります!」


 竜弥の大号令から5分。

 早速注文が調理場へ伝えられる。


「コロッケパン2つとオレンジジュース、コーラを1つずつで」

「こっちもオーダー入ったよ~。焼肉バーガーとコロッケパン1つずつ、リンゴジュース2つです!」


 朝からこってりガッツリだなぁなどと、自分たちでメニューにしておきながら思う。

 でも考えてみれば、みんな朝早めに学校へ来てせっせと最後の準備をしていたのだ。

 とっくに脳も胃も目覚めてるだろうし、お腹も空いているだろう。

 意外と朝ごはんとしての需要もあるのかもしれない。


 日南さんが手早くドリンクを注ぎ、接客担当のクラスメイトに渡す。

 神奈月さんはそれぞれのバンズを用意。

 俺は焼肉バーガーの肉をフライパンで焼き、あらかじめ衣までつけておいたコロッケを油に投入した。

 俺が神奈月さんにあげたコロッケは、前日のうちに揚げて残ったものだ。

 個人的にはしっとりして好きなのだが、クラスの中でも揚げたて派が多かったので、注文が入る度に揚げることになった。


「焼肉の方は私やるね」

「ありがと」


 神奈月さんと並んで、ジュージューパチパチ調理を進める。

 彼女のエプロンは家でも使っている黒いやつだ。

 学校でこの姿を目にするのは、何だか新鮮な気分になる。

 肉と玉ねぎを炒め、焼き肉のたれと絡める真剣なその表情。

 マスクで口元は隠れているけど、その目は真剣ながらも楽し気に輝いている。

 かわいい。

 卵も割れなかった彼女が、よくここまで成長したものだと思う。


「焼肉バーガーできたよ」

「オッケー。コロッケパンももう少し」


 こんがりきつね色に揚がったコロッケ。

 油を切ってソースをかけ、パンに野菜と一緒に挟み込む。

 神奈月さんと日南さんにも1個ずつやってもらい、3つのコロッケパンが完成した。


「よろしく!」


 接客担当のクラスメイトに、初めてのお客さんが待つテーブルへ運んでもらう。

 少し、いやかなりドキドキする瞬間だ。


「緊張するね」

「だな。でも美味しいって言ってもらえるはず」

「うん。もちろんだよ」


 そんな会話を交わしてから十数分後。

 日南さんがガッツポーズと一緒にスマホの画面を見せてきた。

 コロッケパンの写真に『美味しかった!2-6のB級グルメおすすめ!』というコメントが添えられ、クラスの文化祭アカウントにメンションして投稿されている。


「やったね!」

「よっしゃ!」


 俺と神奈月さんは笑顔でハイタッチを交わす。

 うちのクラスでは、注文したものの写真と一言を、文化祭アカウント宛てに投稿すると5%引きというシステムを導入している。

 文化祭期間中、みんなが写真を撮っては上げ撮っては上げしているなかで、何よりも宣伝効果が高いのがSNSだ。

 この辺りのマーケティングは、売上トップに向けて本気も本気なのである。


「注文入ります!」

「こっちも注文入りました!」


 時間の経過とともに、どんどん注文が増えていく。

 まだ昼のピーク時間帯は来ていないが、それでもかなりの忙しさだ。

 外にある屋台の方もかなり好調らしい。

 必死に調理の手を動かしながら、俺と神奈月さんは不意に顔を見合わせた。

 そして同時に口を開く。


「「これ、材料足りるかな?」」


 文化祭はまだまだ動き出したばかり。

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