第30話 「前夜祭 ―幕開けるフェスティバル―」

 前夜祭の会場は、近くに新しくできたカラオケ。

 大きなパーティールームがあり、竜弥があらかじめ予約しておいたんだそうだ。

 もしも前夜祭にあまり人が集まらなかったらどうするつもりだったんだと思うけど、後先を考えているようで考えていないのも竜弥らしい。


「じゃあ明日からの成功を祈って! かんぱーい!」

「「「「「かんぱーい!」」」」」


 俺はメロンソーダを。

 右隣の神奈月さんはアイスティーを。

 左隣の竜弥はオレンジジュースを。

 その奥の日南さんはジンジャーエールを。

 思い思いにドリンクバーから取ってきた飲み物を掲げ、前夜祭が幕を開ける。


「歌えー! 飲めー!」


 完全に宴会奉行となっている竜弥を横目に、俺は目の前のフライドポテトをつまむ。

 かなり塩味が強いな。


「1曲目! 行きます!」

「行け行けー!」


 飲みたい奴は飲む。

 食いたい奴は食う。

 歌いたい奴は歌う。


 みんな、今年の企画には自信がある。

 だから大きな期待を抱えて前夜祭を楽しんでいた。


「神奈月ちゃん! これ歌える?」


 日南さんが持つデンモクには、Mrs.GREEN APPLE feat.asmiの『ブルーアンビエンス』が表示されている。

 そういえば、あまり神奈月さんと音楽の話をしたことがないな。

 ちゃんと関わる前に抱いていた勝手なイメージだけど、あんまりJ-POPを聴くイメージがない。


「歌えるよ~」


 あ、歌えるんですね。


「じゃあじゃあ、私は男の方歌うね! 神奈月ちゃん女声パートでいい?」

「いいよ~」

「やったね!」


 日南さんが予約を入れる。

 軽快で疾走感のある短いイントロ。

 そして日南さんが歌い始める。


「うまっ……」


 テンポの速いなかでも音程バーを外さない。

 彼女の声はもともとよく通る聞きやすい声なのだが、歌い始めると良い意味で太さが増す。


「これで大丈夫だよね?」


 神奈月さんがマイクのスイッチをオンにして見せてくる。


「大丈夫だよ」

「ありがと」


 さあ、神奈月さんの歌声はいかに……。


「……」

「うまぁ……」


 俺は思わず目を見開いて黙り込み、竜弥は感嘆の声を漏らす。

 そして俺たちは顔を見合せて笑った。

 日南さんとはまた違った声質で、透き通ったボイスが特徴の神奈月さん。

 より透明度が増して、ウィスパー気味の裏声が心地良い。

 そしてやはり、テンポが速いなかでも音程を外さない。


 気が付けば、室内のみんながノリノリで2人の歌を聴いている。

 練習でもしてたんですかっていうくらい、掛け合いの部分も息ぴったりだ。


「神奈月ちゃんうんまっ!」


 歌い終わって第一声、日南さんはそう言って神奈月さん右手のひらを突き出した。


「日南さんすっごい上手だった。楽しかったよ」


 2人の間でハイタッチが交わされる。

 室内から歓声が上がったので何事かと思って見てみれば、モニターには98.296という点数が表示されていた。

 高いなぁ……。

 でも納得の上手さだった。


「お、次の曲は俺じゃん」


 竜弥が日南さんからマイクを受け取って立ち上がる。

 お前……確かカラオケの最高点75点くらいだったよな……?

 この2人の後に歌える勇気を尊敬するわ……。


「へいへい平坂くんよぉ~」


 神奈月さんがトイレに立った隙に、日南さんが隣へとやってくる。

 話の切り出し方が酔っぱらいなんですが?


「ぶっちゃけ、神奈月ちゃんのことどう思ってんの?」

「え?」

「好きなの?」

「急すぎない?」

「話を逸らすな~」


 日南さんの目がマジだ。

 どうやら酔っ払ってはいないらしい。

 当たり前だけど。


 俺は返答に窮する。

 神奈月さんはかわいい。

 神奈月さんと一緒にいると楽しい。

 神奈月さんが隣にいるのがいつの間にか当たり前になってる。


「まあさ」


 日南さんはグラスに残っていたジンジャーエールを一気に飲み干すと、まっすぐに俺の顔を見つめて言った。


「後悔はしないようにね。神奈月ちゃんをどう思っているにしろ、その思いに嘘はないようにして」

「……分かった」


 俺が真面目な顔で返すと、日南さんは一気に砕けた顔になって笑った。


「ささ! まだまだ楽しむよー!」


 この前夜祭を持って幕開けるフェスティバル。

 きっと2日後の後夜祭まで、長いようであっという間に終わってしまうんだろうな。




 ※ ※ ※ ※




 前夜祭を終えてアパートに帰宅。

 それぞれ自分の部屋の前に自転車を停める。


「楽しかったぁ」

「歌上手すぎてびっくりしたよ」

「えへへ。でもまだ、本番は始まってないもんね」

「だね。いよいよ明日」


 俺たちは互いに顔を合わせて、深く頷いた。


「頑張ろう。そして楽しもう」

「うん。楽しく頑張ろう」


 神奈月さんは自分の部屋のドアノブに手を掛け、こちらへ笑顔を向ける。


「おやすみ、平坂くん」

「おやすみ、神奈月さん」


 明日の朝は早い。

 スケジュール的にはハードだし、しっかり寝とかないとな。

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