第29話 「いざ、祭りの開幕へ」
「準備良しと~」
神奈月さんの部屋。
テーブルに教科書とワークを広げて、俺たちは勉強の用意を整えた。
今日は古典の勉強だ。
「じゃあ課題のワークを解きながら、分からないところがあったら質問し合おうか」
「オッケー」
今回のテスト範囲は『水魚の交わり』。
三国志で有名な劉備玄徳と諸葛孔明の出会いを描いた文章だ。
「俺、天才」って言いふらしてた孔明の噂を聞きつけた劉備が、その元を訪れるもなかなか会えない。
劉備が折れずに何度も訪ねたことでやっと孔明に会うことができ、この先の情勢と自らが取るべき行動についてアドバイスをもらう。
2人は関係を深め、やがて「俺と孔明の関係ってまじ魚と水じゃね?」っていうくらい親密になる。
そんな話だ。
夏原先生の芭蕉ネタといい勝負の雑解説はともかく、これが今回のテスト範囲だ。
話の内容はだいたい頭に入ってる。
だから読解に関してはさして問題ないんだけど……。
いかんせん、助動詞だの活用形だの句法だの文法がわけ分からない。
せっかくだから神奈月さんに聞こうと顔を上げてみれば、彼女は真剣な顔でシャーペンを走らせていた。
クールで美術品のように美しい顔立ち。
右だけ髪を耳にかけているのが、よりきれいさを際立たせる。
俺が最初に抱いていた神奈月さんのイメージに近い雰囲気だ。
「ん? どうかした?」
俺の視線に気づいて、彼女が顔を上げる。
その顔にぱっと柔らかな笑顔が広がった。
かわいい。
「文法事項がわけわからなくて」
「あー、ややこしいもんね。これはね……」
神奈月さんはひとつひとつ丁寧に教えてくれる。
何かで聞いたことがあるけど、勉強ができる人には2つの種類がいるらしい。
1つは感覚型。
このタイプは問題を解く時、過程をすっ飛ばして感覚的に答えを出せてしまう。
だから自分は解けるけど、他人に教えるのには向かない。
でも神奈月さんはきっと理論型なんだ。
だからどうしてこうなるのかを理解している。
自分が過程まで分かってるから、人にもちゃんと筋道立てて教えられる。
実際、神奈月さんの説明はすごく分かりやすかった。
そして数日後に行われたテスト。
俺は何と古典でクラス2位の点数を獲得したのだった。
1位はもちろん神奈月さん。さすがだよなぁ。
※ ※ ※ ※
「これでもう、明日を待つのみだね」
テストを乗り越えて迎えた文化祭前日。
設営が完了した教室を見て、神奈月さんが満足げに頷いた。
「みなさん! いよいよ明日、明後日と文化祭本番です! 目いっぱい楽しみましょう!」
神奈月さんが締めの言葉を述べると、教室に残っていたクラスメイトから拍手が上がった。
バイトなどやむを得なかった生徒を除いて、ほとんどの生徒が前日の放課後まで準備に加わっている。
これもひとえに神奈月さんが先頭に立ち、自ら積極的に働いたからにほかならない。
「よーし……」
拍手が収まったところで、竜弥が教室のみんなを見渡して言った。
「前夜祭と行くかー!」
「「「「「おおー!」」」」」
うん。この呼びかけは神奈月さんより竜弥の役割だな。
遠足はうちに帰るまでが遠足。
なら文化祭は、前夜祭から後夜祭までが文化祭だ。
「神奈月さんも行くでしょ?」
「うん。もちろん」
「イェーイ! 神奈月ちゃん行こー!」
日南さんに肩を抱かれて、神奈月さんは教室から連れられて行く。
俺は最後に教室を施錠すると、待っていてくれた竜弥と一緒に前夜祭の会場へと向かうのだった。
いざ、祭りの開幕へ。
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