第24話 「変わったよね」

「よいしょっと」


 神奈月さんが自転車のスタンドを上げて、サドルにまたがる。

 自転車登校がしたいと言い出した神奈月さんが、お小遣いで買ったものだ。


「行こうか」

「うん」


 日南さんと竜弥は、すでに校門へと自転車を押して歩き始めている。

 竜弥曰く、文化祭に向けて動き出してから距離が縮まっているそうだ。

 文化祭が終わったら元通りなんてことにならなきゃいいけど。


 前を走るのは竜弥と日南さん。

 後ろに並んで俺と神奈月さんがいる。


「う~、寒いね~」


 神奈月さんは自転車をこぎながら、きゅっと体を縮こまらせた。

 もうすぐ5月が終わり、6月の2週目に文化祭が待っている。

 そろそろ暖かいを超えて暑い日がやってくる時期だけど、今晩はかなり冷え込んでいた。


「平坂くんの干してある洗濯物、冷たくなっちゃうね」

「ああ、それは大丈夫だよ。遅くなるのを見越して、部屋干しにしてきてるから」

「おお~、なるほど」

「もう少ししたら梅雨の時期だし、部屋干しがメインになるなぁ。あ、神奈月さんは洗濯機が完璧に仕上げてくれるか」

「えへへ。平坂くんにもあの洗濯機プレゼントしようか?」

「いやいや! さすがにもらえないって!」

「ふふふっ。そっかぁ」


 そんな会話を交わしているうちに、ファミリーレストランへと到着した。


「Funnyじゃなくて、Familyだもんね」


 きれいな発音で言って、神奈月さんがはにかむ。

 かわいい。

 竜弥と日南さんは、何のこっちゃっていう顔をしてるけど。


 積極的に話しかけてくる日南さんと、俺の親友である竜弥。

 2人の前では、神奈月さんも素の彼女に近い。

 “平坂くんが作ってくれたの”事件以来、特に日南さんとの距離は縮まっているようだった。


「あったかぁ~」


 店に入って第一声、日南さんが思わず口に出す。

 本当に今日は季節外れの寒さだよなぁ。


「いらっしゃいませ~。4名様ですか?」

「はい」

「こちらへどうぞ」


 ボックス席に案内され、男同士と女同士でそれぞれ隣り合って座る。

 俺の正面には神奈月さん、竜弥の正面に日南さんだ。


「さてさて、何にするかな~? 日南さん、これメニュー」

「うん。ありがとう、久保くん」

「とんでもないっす」


 1つのテーブルにメニューは2つ。

 俺も竜弥と一緒にめくって眺める。

 全く竜弥もさっさと日南さんの隣に行けばよかったのにな。

 わざわざ向かいの方に座るんだから、妙なところでチキンだよ。


「俺はオムライスにするかな。啓斗は?」

「んー、和風ハンバーグかな」

「あー、この間の私の真似してる」


 メニューから顔を上げれば、神奈月さんが俺を見て笑っている。

 ちょっといたずらっぽい笑顔。

 かわいい。


「そうだっけ?」

「うん。この間は私、和風ハンバーグ食べたもん。じゃあ今日は私がカレードリアにしようかな」

「よく覚えてるな。好きなの頼みなよ?」

「うん。私は今日はカレードリア食べたい」

「ならいいんだけど」


 注文をし終えたところで、神奈月さんはトイレへと立つ。

 3人になったボックス席で、日南さんがこちらにからかうような笑顔を向けた。


「2人でファミレスとか行くんだ~」

「1回だけね。買い物のついでに」

「ふ~ん。買い物って?」

「いろいろだよ。雑貨とか服とか……あとは食料品とか」

「食料品ってもうそれデート通り越して夫婦じゃん!」

「だからそんなんじゃないんだって」

「いやいや、はたから見たら夫婦だぞ?」


 竜弥まで茶々を入れてくる。

 日南さんとのこといじるぞという視線を向けると、察したのか口元に手を当てた。


「でもさ、神奈月ちゃん変わったよね」

「そうか?」

「うん。文化祭の話し合いの司会とかもさ、去年は何か事務的にこなしてる感じだったけど。今年は何かすっごく楽しそうなんだもん」

「うーん。変わった……のかな? もしかしたら、神奈月さんの素ってあっちなんじゃないかな」


 屋上で彼女は言っていた。

 クールとか全然そんなことないと。


「なるほど。旦那さんがそう言うならそうなのかな?」

「だから……」

「ごめんごめん。でも、神奈月ちゃんが楽しそうなのは平坂くんのおかげだと思うよ」

「……そうだったら嬉しいけどね」


 トイレから戻ってきた神奈月さんは、日南さんとドリンクバーへ飲み物を取りに行く。

 竜弥がぼそっと呟いた。


「羨ましいわぁ……」

「人のこといじってないで、お前は頑張れよ」


 俺は軽く竜弥の頭を小突くのだった。

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