第22話 「ラーメン屋さんの呪文」
ひとくちにラーメンと言っても、その種類は様々である。
醤油、味噌、塩などに代表されるタレの違いはもちろん、地方で分けてみれば札幌や喜多方、博多などなど……。
そのなかでも学校の帰り道にあるのは、こってりした豚骨スープと大量の野菜トッピングで人気の店だ。
「ここで食券を買うんだけど……。俺は普通のラーメンにする。神奈月さんは?」
「私も平坂くんと同じのがいいな」
「オッケー。かなりのボリュームあるけど大丈夫?」
「うん! お腹ぺこぺこなんだもん。2杯くらいは食べれちゃいそう」
食券を買ったら、カウンター席の端の方に並んで座る。
神奈月さんは、物珍しそうに店内をきょろきょろ見回した。
もう店の前に立った瞬間から、ラーメンスープの何とも言えない香りをかがされ続けている。
これは早く食べないと命に関わるな。
店員さんがやってきて、食券を受け取り好みを聞いてくれる。
「ラーメン2つですね。麺の硬さ、量お願いします」
「2つとも硬め、小で」
「かしこまりました」
注文を取って店員さんは去っていく。
隣を見てみれば、神無月さんは少し不安そうな顔をしていた。
「どうかした?」
「お腹ぺこぺこって言ったのに……。小じゃ足りなくない?」
「あー、心配しないで。ここの小は、普通のラーメン屋の2倍くらいあるから」
「そ、そんなに!?」
目を丸くして、盛大に驚く神奈月さん。
かわいい。
まあ、初めはそりゃ驚くよな。
でも本番はこれからだ。
ラーメンが出来上がる直前、目の前のカウンターから店員さんが声を掛けてくる。
「ニンニク入れますか?」
「ソノママヤサイマシカラメオオメ」
「かしこまりました!」
「じゅ、呪文……? ラーメン屋さんの呪文……?」
神奈月さんが目を回す。
ちゃんと説明してあげるか。
「ソノママはニンニクの量はそのままにするってこと。ヤサイマシは野菜の量を増やす。カラメオオメは味を濃くするって感じかな」
「ふええ……とても覚えられなそう……」
「意外と何回も来てれば覚えるもんだよ」
「ほんとかなぁ……」
そんな会話を交わしているうちに、ラーメンができあがり目の前に置かれる。
目の当たりにした神奈月さんは、目を見開いてそのまま固まった。
今日はすごい目に出る日だな。
かわいいけど。
「す、すご……」
「すごいよな。さあさ、麺が伸びないうちに食べよっか」
「うん……重ぉ……」
丼を持ち上げ、思わず神奈月さんが声を漏らす。
中央にこんもりと盛り上がったキャベツともやし、分厚いチャーシューにスープに浮く背脂。
圧倒的なボリュームが視覚をぶん殴ってくる。
そして……
「お、美味しい……」
麺をすすった神奈月さんは、一言呟くと再び麺をすする。
2口、3口、4口……
1回はまってしまうと抜け出せないのがこのラーメンだよな。
脂とニンニクという圧倒的なクセ。
これらが暴力的なまでに味覚を刺激する。
それでも大量の野菜があるおかげで、まるで飽きることなくクセのループへとはまっていくのだ。
「平坂くんは、このお店よく来るの?」
「定期的に食べたくなるからね。それこそ、去年の文化祭の時期とかはよく来てたかも。前夜祭後夜祭の最後の最後、締めもここだったし」
「前夜祭に後夜祭かぁ……。私も今年は参加してみようかな。平坂くんが一緒なら楽しめる……かも……」
「良いと思う! みんな喜ぶよ」
「うん。このラーメン屋さんも、まだ食べ終わってないけどハマっちゃいそうだし」
お嬢様とニンニクとんこつラーメン。
究極のミスマッチだけど、美味しいものは誰が食べても美味しいもんな。
「平坂くんにはいろんなものを教えてもらえるなぁ……」
「そんなつもりはないんだけどね。でも、喜んでもらえてるなら嬉しいよ」
「始まりはコロッケパンだったね」
「だなぁ。あんなB級グルメから……」
「あ!」
神奈月さんが、何かを思いついたように手をポンと打つ。
「文化祭のクラス企画なんだけどさ、―――――はどう?」
俺はにっこり笑って言った。
「すごい美味しそう! めっちゃくちゃいいと思う」
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