第21話 「ラングドシャでも食べようよ」

 放課後。

 LHRで出た案をまとめるべく、俺と神奈月さんは教室に残っていた。

 お化け屋敷にゲームセンター、漫画喫茶に休憩所などなど。

 いろいろなアイデアが出ている。

 それにしても休憩所って。

 机といすを並べとくだけの、究極手抜き企画じゃねえか。


「でもやっぱり、飲食店をやりたいっていう声が一番多いな」

「そうだね。3分の2くらいは飲食店希望なんじゃないかな」


 どうやら飲食店をやることは、ほぼ決まりになりそうだ。

 でも問題は、どんな飲食店にするのか。

 食事系なりお菓子系なりいろいろあるからな。


「今週中には決めないとだね」

「だな。意外と時間がないし」

「う~んっと。ちょっと疲れたなぁ」


 大きく伸びをすると、神奈月さんはバッグから何かを取り出した。

 かわいらしい小さな箱だ。

 外国語で何か書かれている。

 これは……フランス語かな?


「ちょっと休憩。ラングドシャでも食べようよ」

「ラングドシャ……って何だっけ?」


 聞いたことはあるけど、パッと出てこない。

 フランス語が書かれた箱に入ってるから、フランスのお菓子なんだろうけど。


「ラングドシャっていうのは、卵白と小麦粉、あとはバターと砂糖で作るお菓子だよ。卵黄を使わないで卵白だけだから、よりさっくりした食感になるの」

「あー、クリームとか挟まってるやつだ」

「そうそう! これは特にクリームとかは挟んでない本当にシンプルなやつだけどね。その分バターの美味しさと、食感がより楽しめるよ」


 神奈月さんが手渡してくれたクッキー。じゃなくてラングドシャ。

 かなり薄くて少し力を入れたら割れてしまいそうだ。


「いただきます」

「召し上がれ~。私が作ったわけじゃないけどね」


 そこまで大きいものではないので、ぱくりと口に入れてしまう。

 そして軽く歯を立てると、サクッと心地よい音を立てて砕けた。

 バターの濃厚な香りがふわっと広がり、少しざらっとした舌ざわりから、さらりと溶け出していく。

 ただの薄いクッキーと侮ることなかれ。

 ラングドシャ、めちゃくちゃ美味しい。


「美味しい……。もう1個いい?」

「もちろんもちろん! 召し上がれ~」


 神奈月さんは、気に入ってもらえて良かったと笑う。

 かわいい。

 俺はもう一つラングドシャを食べると、神奈月さんに尋ねた。


「これ、どこで売ってるの? めっちゃ美味しいんだけど」

「あー、簡単には買えないんだよね。実はこれ、パリに住んでるお母さんが送ってきてくれたんだよ」

「へー、お母さんが。……え? パリ?」

「うん、パリ」


 お母さん、パリに住んでいたのか。

 お嬢様設定としては不自然じゃない……というか、そうだよな。

 神奈月さんはお嬢様なんだよな。

 最近、つい忘れそうになる瞬間がある。


「お母さんがパリって……仕事の関係?」

「そうそう。ファッションデザイナーなの」

「それはそれは。じゃあこのラングドシャ、本場の味ってことだ」

「そうだよ~」


 パリといえば、ファッションに関しても中心の一つである場所だ。

 そこでデザイナーをしてるって、神奈月さんのお母さんはすごい人らしい。


「そういえば、お母さんが平坂くんに会いたがってたよ」

「俺に?」

「うん。平坂くんの話したら、会ってみたいって。ちょうど私たちが夏休みに入るくらいに、日本へ一時帰国するって」

「神奈月さんのお母さん……ちょっと会ってみたいかも」

「ぜひぜひ! まあ、もう少し先の話だけどね。今は文化祭を何とかしないと」


 神奈月さんは手元のルーズリーフに視線を落とした。

 きれいに整った美しい文字で、企画案がまとめられている。


「何かないかなぁ~」


 俺も頭の後ろで手を組んで、脳を回転させるが何も出てこない。

 2人であーだこーだ言っていると、あっという間に校舎施錠前のチャイムが鳴った。


「もうこんな時間か」

「あんまりまとまんなかったね」

「そこまで具体的なアイデアがHRで出てなかったしな」

「う~ん」


 神奈月さんは、今日2度目の大きな伸びをする。

 するとお腹がぐぅ~と音を立てた。

 重なるようにして、俺の腹も鳴り出す。


「お腹空いたぁ」

「だなぁ。ちょっと遅くなっちゃったし、今日は外食にしないか?」

「する!」

「じゃあ……ラーメンとかどう?」

「わ! ラーメン屋さんって行ってみたかったんだ」

「初めて? じゃあぜひ行こうか」


 俺たちは荷物をまとめて教室を出る。

 そのまま並んで校門をくぐり、ラーメン屋へと歩き出す。

 ラーメン屋の呪文に目を回すことになると、神奈月さんはまだ知らない。

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