第11話 「クレーンゲームは巨大な貯金箱である」

 3階の片端は映画館になっていて、そちらに近づくにつれて娯楽施設が多くなる。

 そのなかでもゲームセンターから流れる爆音のBGMは、神奈月さんの関心を大いにひきつけたようだった。


「楽しそう! 入ってみようよ」

「いいよ」


 2人して買ったものを腕から提げ、ゲームセンター内を歩いてまわる。

 クレーンゲーム、メダルゲーム、リズムゲーム、レースゲームなどなど。

 見ているだけで楽しく、心がワクワクしてくるな。


「どれが面白い?」

「んー、どれも面白いけど……やっぱり定番はクレーンゲームじゃない?」

「じゃあそれやってみよ」

「オッケー」


 俺がクレーンゲームを選んだのは、定番というのはもちろん、自分が得意だからということもあった。

 全く変な才能を与えられたもんだけど、小さな頃からこれは得意だったんだよな。

 もし神奈月さんが思うように取れなかったとしても、おそらく俺がやれば取ってあげられる。

 初ゲーセンも後味の悪いものにはならないはずだ。


「どれにしようかなぁ……」


 あれこれ台を眺め、神奈月さんはどれに挑戦するか考える。

 パッと見で初心者でも取りやすい台はあるけど、ここは彼女自身が欲しいものを取りにいくのがいい。


「これは何?」

「どれどれ? あー、ゲーム機か」


 テレビやパソコンに繋いで、複数人でプレイできる家庭用ゲーム機。

 それも1番新しいモデルで、俺自身も発売時の争奪戦に負けた記憶がある。

 1回200円のクレーンゲームで取れたら大勝ちだけど、こういうのはたいてい簡単にはゲットできない仕様になっている。


「ゲームかぁ。スマホではやったことあるけど、こういうのはやったことないな」

「あんまりゲームはしないように言われてたとか?」

「ううん。こういうのも頼めば買ってもらえたと思うんだけど、私自身があんまり興味なかったっていうか。平坂くんはこういうゲームする?」

「やるよ。家にもこれより1個古いモデルのがある」

「じゃあさじゃあさ、これゲットして2人でやろうよ」


 そう簡単には取れないんだけどな……という言葉は、心の奥にしまっておく。

 神奈月さんは何を疑うこともない純粋な目で、俺を見つめていた。

 かわいい。

 こういうのは大人が悪知恵を働かせてるんだよとは、とても言えない。

 クレーンゲームは巨大な貯金箱であるなどとは、とても言えない。


「ふむふむ……。ここにお金を入れて、これで操作するんだね。よーし、やるぞぉ」


 神奈月さんはぐいっと腕まくりをして気合を入れると、貯金箱クレーンゲームに200円を投入した。

 まずは縦の移動。

 アームが奥へとウィンウィン進んでいく。

 しかし、ボタンを離すタイミングが早すぎてかなり手前で止まってしまった。

 ここからいくら横に動こうと、景品を掴むことすら叶わなそうだ。


「あー、だめだぁ……。手前すぎたんだね。次はぴったりするよぉ」


 アドバイスしようかとも思ったけど、神奈月さんなりに楽しく攻略しているようなので黙って見守る。

 200円が400円になり、600円になり、800円になったところでようやくアームがゲーム機の箱を持ち上げた。

 ただ引っかけた位置が悪く、箱はあっさりと落ちてしまう。


「むー。思ったよりも難しい……」

「アドバイス、いる?」

「もうちょっと自分でやってみる! あ、待って。これって普通に買ったらいくら?」

「新品だと……50,000円くらいじゃないか?」

「じゃあまだまだ得してるね」

「うん、今のところ800円捨てただけな?」

「いいの! 絶対に取れるんだから」


 思いっきり膨れる神奈月さん。

 かわいい。この顔、学校ではまるで見せない顔だけど、特にかわいい。


 800円は1,000円に、1,200円に、1,600円にと膨れ上がっていく。

 それに合わせて、神奈月さんの頬も膨れ上がっている。

 ほとんどリスみたいな顔をしながら挑戦すること9回目。

 ようやく箱が持ち上がり、そして少し移動した。

 しかしゴールまでは届かず、途中で落下する。


「あー! おっしい……! でも取れそう!」


 クレーンゲームはそこからが長いんだよ、お嬢さん。

 相変わらずのんびり見守ること35回目。

 投入金額7,000にして、箱が持ち上がり、そして移動し……


「やったぁ!」


 ガコンと落ちてきた。

 大きな箱を取り出して、自慢げに見せてくる神奈月さん。

 かわいい。

 一台のクレーンゲームに7,000円という多少のお嬢様補正があったとはいえ、その額でこのゲーム機が手に入ったのなら大勝利だ。


「見て見て! 取れたよ!」

「良かったな。帰ったら一緒に遊ぶか」

「うん!」


 彼女は大切そうに、箱をぎゅっと抱きしめる。

 さてさて、ゲーム機だけじゃゲームはできません。

 ソフトがないと。

 オンラインでダウンロードもできるけど、35回もただただクレーンゲームを見せられていた俺は、自分もプレイしたくなっていた。

 今までやっていた台の隣にある、ゲームソフトが並んだ台の前に立つ。

 FPSにサッカーゲーム、野球ゲーム、RPGなど種類は様々だけど……


「よし」


 俺は百円玉を2枚取り出し、台に投入する。

 狙いを定めたのは、日本全国を列車で回って物件を買いあさったりするすごろく式ゲーム。

 ウィーンと動作音を立ててアームが移動し、パッケージを掴み……

 ガコンと落ちてくる。はい、一発。


「えー!? 何でそんなすぐに取れるの!?」

「コツがあるんだよ」

「むー。教えてくれなかった」

「自分でやるって言っただろ……」


 何はともあれ、ゲーム機とゲームソフトがそろった。

 午後の時間も退屈しなさそうだ。


「ふぅ……お腹が空いたね」

「だな。昼ごはんにするかぁ」


 予定外の大きな箱を抱えて、俺たちはゲームセンターを後にするのだった。

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