第10話 「やはり神奈月楓怜という人間は真面目なのだ」

 ショッピングモールまでは、自転車で行けば30分ほど。

 決して行けない距離ではないが、神奈月さんが自転車を持っていなかったためバスで行くことになった。

 アパートの目の前に、ちょうどバス停がある。

 そこで乗車して、後ろの方に隣同士で座った。

 平日の午前中は学生やサラリーマンでごった返す車内だが、今は比較的空いていてゆったりと乗れる。


「何か買いたいものあるの?」


 俺が尋ねると、神奈月さんは少し考えてから言った。


「生活に必要なものは、ほとんど揃って運び込まれてるんだけど」

「そうだよね。洗濯機とかもめっちゃ最新だったし」

「うん。でもそれだけだと部屋が殺風景だから……。何か可愛い飾りとか小物があったら欲しいかな」

「なるほどなるほど」


 それなら十分に、ショッピングモールで対応できるはずだ。

 今更ながら、とんでもない高級品を欲しがられたらどうしようと思ったけど。


「ちなみに平坂くんてさ、バイトとかしてる?」

「あー、してるよ。たまたまこの土日はシフト無かったんだけど」

「どんなとこ?」

「普通の飲食店だよ。そこのバイト代と親からの仕送りを合わせて生活してるって感じ」

「そうなんだぁ」


 神奈月さんは、真剣な表情で何度も頷きながら聞いている。


「もしかしてバイトに興味ある?」

「うん! 私も仕送りはもらえるんだけど、それだけじゃまだ半人前っていうか……。全部が全部とまでないかなくても、自分で稼いだお金で生活したいなって」


 真剣な顔で言う神奈月さん。

 恩返しのバランスがおかしかろうと、卵が割れなかろうと、洗濯機が使えなかろうと。

 やはり彼女が真面目であるというイメージは間違っていないようだ。

 俺が彼女の家に生まれていたら、絶対に親の脛をかじっている自信がある。

 彼女が本気なら、ひとり暮らしパートナーとして手を差し伸べない理由はない。


「俺のバイト先、まだ人数的にも枠空いてるんだよね。初めてでも働きやすいと思うし、応募してみる? きっと受かるはずだよ」

「いいの!? やりたい!」

「まあ、採用するかは俺じゃなくて店長が決めることだけどね。でもさすがに落ちないはず」

「やったぁ」


 神奈月さんは、もう受かったかのように手を合わせて喜んだ。

 かわいい。

 しっかり教えてあげれば完璧にやれる彼女のことだ。

 落ちることはないだろうから、ぬか喜びには終わらずに済むだろう。


 その後もとりとめのない会話をしていると、バスがショッピングモール内のバス停に停車した。

 先に降車口の手前まで行った神奈月さんが、そのまま固まる。


「これ……お金ってどうやって払うの……?」

「あ、バス乗るのも初めてだった?」

「学校の遠足とかで乗ったことはあるよ? でもこういうバスは初めて」

「なるほどね」


 ちらりと運転手さんの方を見ると、ゆっくりやっていいよという風に優しく微笑んでいる。

 軽く頭を下げてからレクチャー開始だ。


「乗る時に取った紙があるでしょ?」

「これ? 9って書いてある」

「そうそう。バスの前にある掲示板の、9のところが払う料金だから。その額のお金を、この箱に入れればオッケー」

「おおっ! 簡単だ」

「でしょ」


 1人分の運賃が、料金箱に入るカランコロンと音を立てる。

 俺も自らの分のお金を払い、もう一度軽く頭を下げてからバスを降りた。




 ※ ※ ※ ※




 ショッピングモールに到着。

 エスカレーターで一番上の階へと上がり、雑貨店などを見てまわる。

 神奈月さんは、常に目を輝かせながら楽し気に品物を物色していた。

 かわいい。

 俺もちょうど必要だった文房具などを買いつつ、彼女が興味を持った店へ店へとついていく。


「ねえ見て! このウサギの置物かわいい!」

「おっ。サイズ的にも大きすぎないし、部屋に置くにはちょうどいいんじゃないか?」

「だよね! うーん、ピンクと紫の2種類かぁ……」


 神奈月さんの目の前には、手のひらサイズのウサギの置物が2種類。

 片方はピンク、片方は紫の服を着せられている。

 材質は陶器のようだ。


「平坂くんって、こういうどっちか決められない時はどうするの?」

「そうだな……。本当に決められない時は、スマホのルーレットアプリで運に任せるかな」

「ルーレットアプリか……。私のスマホには入ってないなぁ」

「貸してあげようか?」


 俺はルーレットにピンクと紫の項目を設定して、スマホを神奈月さんに渡す。

 神奈月さんはしばらく考えた後、やはり決められなかったようでルーレットをタップした。

 ぐるぐると回転が加速し、そして減速する。

 結果、選ばれたのはピンクだった。


「ピンクだ」

「だな」

「じゃあこれを私が買うとして……。紫は平坂くんへのプレゼントでどう?」

「俺に?」

「うん。お礼っていうか、これからよろしくお願いしますの品っていうか」

「いやいや、そんなのいいよ」

「えーでも……あ! ごめん!」


 唐突に謝り、紫の方だけ棚に戻す神奈月さん。


「これって、私が欲しいものを平坂くんに押し付けてるだけだよね。平坂くんへのお礼なら、平坂くんの欲しいものじゃなきゃ」

「いや、ほんとそういう意味で言ったわけじゃ……」

「ううん。お礼はさせてほしいの。物が全てじゃないのは、分かってるけど」

「だってそもそも、家賃無料とか対価は受け取って……」

「対価とかの問題じゃないの! 今日、何か欲しいもの見つけたら隠れて買わずに言ってね?」

「お、おう」


 ずいぶんと強引なプレゼントだこと。

 でも俺はもう分かっている。

 こうなったら彼女は引き下がらない。

 そして俺とて、嫌な気がしているわけじゃない。

 お言葉に甘えて、何か実用的なものを買ってもらうことにしよう。

 プレゼントは相手が欲しがるものを。

 当たり前のことに思えて、意外とできている人は少ない。

 やはり神奈月楓怜という人間は真面目なのだ。

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