第9話 「ふわとろのスクランブルエッグ」

 卵焼きはともかく、スクランブルエッグなら難易度は低い。

 そして朝食のメニューとしてもぴったりだ。

 朝ご飯は洋風ということになった。


「じゃあ、このボウルに卵を割って」

「任せて~」


 俺の家のキッチンに移動して、エプロンを身に付け2人で調理を開始する。

 神奈月さんはもうすっかり慣れた手つきで卵を割ると、菜箸でカラザを取り除いた。

 そもそもの知識がなかっただけで、教えれば吸収は早いんだよな。

 卵をかき混ぜてもらっている間に、俺は食パンをトースターに入れて、さらにレタスをちぎってトマトと一緒に洗う。

 ここにスクランブルエッグとソーセージが加われば、量的にも彩り的にも十分だろう。


「混ざったよ」

「うん、いいね。そしたらフライパンをIHの上に乗せて」


 俺が指示するままに、神奈月さんが動く。

 飲み込みが早い彼女のことだ。

 こうして教えてあげれば、次からは1人でも作れるはず。


 熱したフライパンにバターを落とし、溶けて満遍なく広がったところで卵を加える。

 後は焦げ付かないように注意しながら、菜箸でかき回すだけだ。


「簡単だね」

「そりゃ、朝から手の込んだことはやってられないからな。これなら1人でも出来るでしょ?」

「うん。でも出来れば、ご飯は平坂くんと一緒に食べたいな」


 左手にフライパンの取っ手、右手に菜箸、黒いエプロン。

 料理をするべく一つ縛りにした黒髪を揺らして、神奈月さんはこちらを見上げ微笑む。

 かわいい。

 そこへちょうど、チーンとトースターの音が鳴り響くのだった。




 ※ ※ ※ ※




「いただきます」

「いただきます」


 2人で声をそろえて、休日の朝食が始まった。

 決して特別豪華なメニューではないし、お洒落な部屋でもないけど、神奈月さんがいると場がぱっと華やぐ。

 これはもちろんお嬢様として育った環境もあるだろうけど、彼女自身が持っている天性の才能、というか気品のように思えた。

 喋ってみると、案外子供ぽっく思えることも多いけど。


 神奈月さんが作ったスクランブルエッグは、見事なふわふわとろとろ。

 バターの風味と相まって、トーストに乗せて食べると大変に美味しい。

 至ってシンプルな料理だけど、やっぱり自分で作って食べると格別のようだった。

 神奈月さんはふわとろのスクランブルエッグを一口食べるごとに、うっとりするようなとろけるような表情を浮かべている。


「美味しいなぁ~。今までに食べたスクランブルエッグで一番美味しい」

「うん、すごく美味しいよ。レパートリーが増えたね」

「うん! 次は卵焼きにも挑戦してみたい」

「じゃあ今度は、和風の朝食に挑戦してみようか」

「そうしよそうしよ」


 何気ない会話と共に、朝食が進んで行く。

 そして食事が終わったら、洗い物をしなくちゃいけない。

 ただこれも、片方が洗い手で片方が拭き手と分担すれば、あっという間に終わってしまった。


「平坂くん、今日の予定は?」

「そうだな……。買い物に行くくらいかな」


 昨日の夜、予定外に食料を使いまくったせいで冷蔵庫の中が瀕死状態になっている。

 明日からのはまた学校が始まり、お弁当も必要になるわけだ。

 食料を買いこまないといけない。


「買い物……私も一緒に行っていい?」

「え、あ、ええ……」


 普通に考えて、それってデートだよね!?

 休日に2人で買い物、デートだよね!?

 さんざん部屋を行き来しておいて今更だけど! けど!


「ダ、ダメ……?」


 動揺する俺に対し、神奈月さんは残念そうな顔を浮かべる。

 彼女自身は、特にデートだ何だと意識していないようだ。

 そうだよな。俺たちってあくまでひとり暮らしパートナーだもんな。


「いやいや、全然ダメじゃない。行こう! 買い物行こう!」

「やった。ありがとう」

「ショッピングモールでいい? 色んな専門店あるし、スーパーも入ってるから」

「うん!」


 ひょっとしたら、ショッピングモールに行くのも初めてなのかもしれない。

 彼女にとって少しでもいい思い出になればいいなと、たかが買い出しながら思うのだった。


 当の神奈月さんはといえば、軽く跳ねるように楽し気に俺の部屋を出て行く。

 かわいい。

 着替えたらまた俺の部屋で集合の約束。

 彼女の心臓がえげつないほど鼓動を速めていることを、俺は知る由もない。

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