第7話 「お子様プレートが食べられないなら大人になんてなりたくない」

 神奈月さんの引っ越し記念日、そして俺の引っ越さなくてよくなった記念日ということで、夜ご飯を一緒に食べることになった。

 半分は何のお祝い事なのか訳が分からないが、どうせなら豪華な方がいい。

 しかし、俺の家には豪勢な食材などないし、買ってくるお金も時間もない。

 そこで閃いたのが、家にあるもので神奈月さんが食べたことないもの、彼女にとって新鮮なものを作ることだった。

 何せコロッケパンでコロッといくお嬢様である。

 冷蔵庫の中身で作れそうな料理の中から幾つか提案した結果、神奈月さんが一番興味を示したのはお子様プレートだった。

 お子様という名前ではあるが、中身は大人も子供も関係なく、嫌いな人がそうそういないオールスターメニューばかりだ。

 というわけで、夕食はお子様プレートに決定。

 ちなみに「コロッケパンでコロッと」というのは、日本語の構造上そうなってしまっただけであり、決して安易なダジャレなどではないことを断言しておく。


「それじゃあ作ってこうか」

「はーい」


 ひとり暮らし用に新しく買ったのだという、黒いスタイリッシュなエプロンをつけた神奈月さんが俺の家のキッチンに立っている。

 かわいい。

 これからはこれが日常になっていくんだよな。いちいち動揺せず、慣れて行かないと。

 まるで新婚のようなことを考えながら、俺は神奈月さんに作業をお願いする。


「まずはこのボウルに卵を割り入れて」

「2つとも?」

「そう。割っちゃって」


 神奈月さんは卵を手に取り、まじまじと眺める。

 しばらくしてから、先端のとがっているところに軽くデコピンをかました。

 当然のことながら、それしきで卵が割れたりはしない。

 これはもしかして、卵を割ったことすらないんだろうか……?

 ハードル走のようにぴょんぴょんと俺の想像を超えていくお嬢様っぷりに驚いていると、何を思ったか彼女は包丁を手に取った。

 はい。終了。


「ストップな。割り方が分からなければ、素直に聞いてくれ」

「分かるし!」

「分かる奴は包丁なんぞ持たん」


 俺は包丁、そして卵を神奈月さんから回収する。

 危ない危ない。大惨事になるところだった。


「むー。だって!」

「包丁はアウト。さすがにダメだわ。見てて」


 俺は卵を台の角に打ちつけ、ボウルの中に割り入れる。

 そして菜箸を使い、カラザを取り除いた。

 人によってカラザを取るかは分かれるところだが、俺はほぼ100%取って捨てている。

 だって食感が気持ち悪いんだもん。


「これが卵の割り方な」

「おー。そういえばそうだった気がする」

「家ではともかく、学校の調理実習とかでやるはずだよ?」

「それがね、私は調理実習でたいてい味見係だったの。あ、いじめられてたわけじゃないけどね」

「なるほどな。まあ、卵はもう一個あるからやってみて」

「はーい!」


 神奈月さんは、元気よく応えて卵を手に取る。

 今度は包丁なんて持たない。

 卵を台に打ち付け、ボウルに割り入れた。

 殻が入ってしまうこともない。上々の出来だ。


「できたな。もう覚えた?」

「うん。今度から卵焼きが作れるね」

「お、おう」


 どう考えても、今の神奈月さんの技量でくるくると卵を巻けるとは思えない。

 まあでも卵が割れて上機嫌みたいだし、水を差すようなことは言わないでおこう。

 エプロンの裾をつまみ、次は次は? という視線を向けてくる神奈月さん。

 かわいい。

 夢のお子様プレート完成に向けて、俺らは順調に料理を進めるのだった。


「包丁はいらない!」

「むー!」


 ……順調に。

 ……順調に進めるのだった。




 ※ ※ ※ ※




 大きな丸皿の中央にオムライス。

 それを囲むようにして、ハンバーグとソーセージ、エビフライ、フライドポテトにナポリタン。

 彩りとしてトマトとブロッコリー、そしてパセリ。

 みんな大好きお子様プレートの完成だ。


「美味しそう!」


 神奈月さんが、子供のようなワクワクした目で食卓を見つめている。

 かわいい。

 とはいえそこはお嬢様。

 フォークとスプーンを両手で握りしめるようなことはなく、優雅に正座して、いただきますを待っている。


「よし、お疲れ様」

「お疲れ様~」

「じゃあ食べるか。いただきます」

「いただきます」


 神奈月さんの予測不能な行動という不確定因子により、時刻はだいぶ遅くなってしまった。

 その分、ロールケーキからも時間が空いてお腹は減っている。


「美味しい~!」


 ハンバーグを一口食べた神奈月さんが、うっとりした顔で言った。

 神奈月さんのことだ。

 高級なお肉を使ったハンバーグは、いくらでも食べたことがあるだろう。

 それでも。


「やっぱり自分で作ったら美味しいんだぁ……」

「そうだよ」

「しかもどれもこれも大好物だよ。夢みたいだね」

「これがお子様プレートだよ」

「お子様……。お子様プレートが食べられないなら大人に何てなりたくないね」

「大人になっても食べられるけどな」


 ハンバーグとソーセージは肉汁ジューシー、揚げ物はサクッと良い食感。

 野菜と卵の色どりで、見た目にも美味しいプレートだ。

 俺も、そして神奈月さんも大満足してくれたようだった。


 はてさて、これにてお隣さん生活初日は何とか終わりそうだな。

 ほっと息をつく俺だったが、この時は完全に忘れていた。

 家事は決して料理だけではないということ。

 そして神奈月さんには、それをこなす能力がまるで皆無であること。

 家事といえば掃除や買い物、洗い物。そして……

 洗濯があるんだよなぁ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る