第2話 「This Is コロッケパン」
手際よく昼食の準備をする俺を、神奈月さんは興味深げに見ている。
……ここまで彼女に見られると、わけの分からない緊張が押し寄せてくるな。
保冷バッグの中に入っていた弁当箱には、残り物のコロッケが2つ、それと千切りキャベツ。
さらにパックのソースとマスタードを持ってきていて、あとはコンビニチキン用のバンズだ。
お嬢様には何がなんだか分からないだろうけど、庶民派の方ならもうお分かりだろう。
B級グルメと呼ぶにふさわしい、炭水化物コンボの満腹メニュー。
コロッケパンだ。
マスタードを塗ったバンズにキャベツを敷き、ソースをかけたコロッケを載せて挟む。たったそれだけ。
作り方は超絶シンプルだ。
そもそも、昼休みに食べるものなんだからそんなに手を掛けてられない。
朝の準備が楽だから採用したのだ。
1人暮らしだと何かと時間がないからな。
「はい」
「あ、ありがとう」
出来上がったコロッケパンを神奈月さんに渡し、自分の分も作る。
バンズ、コロッケ共に2つ持ってきていてよかった。
これなら楽に半分を渡してあげられる。
偉いぞ、このメニューを選んだ俺。
「このままかぶりつけばいいの?」
「そうそう。ハンバーガーだと思って」
そう言いながら、俺は思いっきりコロッケにかぶりつく。
うん、美味い。
揚げたてが美味しいのはもちろんだけど、冷えたコロッケにソースが染みたのもなかなか美味いと思うんだよな。
「いただきます」
神奈月さんはカプッとコロッケパンにかぶりつく。
それすら上品な所作で、コロッケパンが高級料理に見えてくるから不思議だ。
人の持っているイメージやオーラって恐ろしい。
「美味しい……!」
神奈月さんは口元に手を当てて、少し驚いたような顔をした。
良かったぁ。
正直、お嬢様にコロッケパンとか大丈夫かなと不安ではあったのだ。
何せ考えなしに教室を飛び出し、半分食べるかなどと話しかけていたのだから。
「ソースの染み込んだお芋だけのコロッケ、すごくパンチがある。それをシャキシャキのキャベツとマスタードの酸味、辛みが引き締めてるんだね。シンプルなのにこんなに美味しいなんて」
食レポが上手いな。
やっぱりいろんなものを食べて、舌が鍛えられてるんだろうか。
「これ、何ていう名前の料理なの?」
「料理って程のもんじゃないけど、名前としてはコロッケパンだな」
「コロッケパン……。このコロッケ、平坂くんが作ったの?」
「まあ、一応」
「すごいね」
「いやいや」
名前覚えられてる!? しかも褒められた!?
俺の心を謎の喜びと驚きが満たしていく。
でも何より驚いたのは、神奈月さんってこんなに喋るタイプだっけということだった。
もっとクールなイメージ、というか教室ではそうなのだ。
ぶっきらぼうとは違うから、ありがとうくらいは言ってくれると思ったけど、まさか質問攻めにあうとは。
「何か、神奈月さんと喋るの新鮮だな。ちょっとイメージと違ったかも」
「え? あ、期待外れだった……?」
「いや、そんなことは全然なくて。むしろ話やすいんだなって」
神奈月さんはコロッケパンをやはり上品にかじると、少しシュンとした顔で言った。
「イメージ……。私って多分、クールとかお嬢様とかそういうイメージだと思うの。あ、これはその、嫌味とか自慢じゃないの。みんなが言ってくれることがそうだからっていうのがあって……」
「うん。分かるよ。俺もそう思ってたから」
「そうだよね。でもね、クールとか全然そんなことないの。だけどずっとそんなイメージで見られてたから、こっちも合わせなきゃとか思っちゃって」
「うん」
「気付いたらすっごく親しい人っていなくて。それに購買とか近づくと、みんなが気を使って道を開けたりしてくれるのが申し訳なくって」
だから、弁当を忘れたと気付いてあんなに挙動不審だったのか。
俺だったら、例えば竜弥に半分くれとか言える。
それ以前に購買のパンを買ってくればいい。
だけどそんな当たり前のことが、お嬢様というイメージがついた神奈月さんには難しかったんだろう。
「だから平坂くん、本当にありがとう」
神奈月さんは軽く首を傾けて、柔らかな笑顔を浮かべる。
手に持っているのがコロッケパンであることを除けば、このまま額縁に入れて美術館に飾っときたいくらいだ。
かわいいです。ああ、かわいいです。
俺は少し照れながら言った。
「どういたしまして。たまたま目についただけだから」
「コロッケパン、美味しい。また食べたいな」
「こんなもので良ければいつでも」
神奈月さんはやったぁ笑うと、コロッケパンを完食するのだった。
そして口元についたソースを華奢な小指で拭い、ちゅっと口に運ぶ。
俺の腹はコロッケパンで、そして心は神奈月さんのかわいさで満たされたのだった。
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