弁当を忘れたクラスの超お嬢様JKを庶民の味で救済したら半同棲生活が始まった件について

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第1章 始まりはコロッケパン編

第1話 「弁当忘れたんだろ?」

「もう少し時間があるな」


 国語教師でありこのクラスの担任でもある夏原なつはら明也あきやは、黒板の上に掲げられた時計を見て言った。

 4時間目、国語。残り時間は1分と少し。

 昼休み突入目前である。


「では最後に、先生が好きな芭蕉の句を紹介して終わりにしよう。芭蕉はこんな句を残している。『閑さや 胸に染み入る 君の声』……うう……」


 残してねえよ。

 閑さや 岩に染み入る 蝉の声だよ。

 なんで最後の方は涙声なんだよ。

 そういえば、授業の最初に彼女にフラれたって言ってたっけ。

 どうでもいいわ。芭蕉に謝れ。


「まあ冗談はさておき」


 夏原先生が再び口を開いたところで、4時間目終了のチャイムが響く。

 先生は教科書を閉じると、挨拶もそこそこに教室を出て行った。

 いやいや、せめて訂正はしろよ。


「啓斗っ。食おうぜ」


 クラスメイトの久保くぼ竜弥たつやが、弁当を片手に隣の席へ座る。

 俺――平坂ひらさか啓斗けいとも弁当、さらにスマホを取り出すと、物件情報サイトを開いた。


「何でそんなもの見てんの?」

「今のアパートが売却されて取り壊されるんだと。だから引っ越し先を探さなきゃいけないんだよ」

「ああ、お前ひとり暮らしだもんな」


 竜弥の言う通り、俺は高校生になってから1人暮らしを始めた。

 ところが住んでいたアパートのオーナーが高齢で、売却されることになったのだ。

 そして買い主側は、アパートを取り壊して何か建てることに決めたらしい。

 要は立ち退かなきゃいけないわけである。


「なかなか見つかんないんだよなぁ」


 俺はスマホの画面をスクロールしながら、保冷バッグを開けて弁当箱を取り出す。

 そしてリュックからパン。

 といっても総菜パンや菓子パンではなく、コンビニで売ってるチキンを挟む用のバンズだ。


「まあまあ。とりあえず食おうぜぃ」

「他人事だと思いやがって」


 文句を言いながら顔を上げると、1人のクラスメイトが目に留まった。


 神奈月かんなづき楓怜かれんさん。

 成績優秀で真面目、上流階級のお嬢様みたいな品格のある女子生徒だ。

 上流階級のお嬢様なんてものとお近づきになったことがないから、実物は知らんけど。

 でも実際に、家は相当な大金持ちらしい。

 性格は非常にクールで、男女問わず深く関わっているのは見たことがない。


 でも成績が優秀だとか、お金持ちだとかそんなこと以上に、彼女への視線を集めるものがある。

 それは圧倒的にかわいいということだ。

 かわいいというより美人って感じか。

 さらっさらの黒髪ロング、見ただけですべすべなのが分かる肌、整った各パーツ、そしてスレンダーな体型。

 1年生の時は相当な数の男子が告ったらしいけど、全員もれなく玉砕したそうだ。

 2年生になってからは、告白されたという噂も聞かなくなった。

 みんな諦めモードに入ったんだろうな。


 さて、そんな完璧お嬢様こと神奈月さん。

 みんなが弁当を食べ始め談笑するなか、1人で何か考え込んでいる。

 そしてすっと立ち上がったかと思うと、また席に着いた。

 今度はバッグから財布を取り出し、やはり立ち上がって教室を出て行く。

 しかし1分もしないうちに、財布だけを持って教室に戻ってきた。

 また座ってしばらく考えたあと、何も持たずに教室を出て行く。


 教室の中で彼女の挙動不審、というより困っている様子に気付いているのは、俺だけのようだった。

 その行動を見れば、何に困っているかは見当がつく。

 俺は保冷バッグとバンズを持つと、席を立って竜弥に言った。


「悪い。用事思い出したわ」

「おい何だよー。せっかく日南にちなんさんとの話を聞いてもらおうと思ってたのに」

「どうせろくな話じゃないだろ。じゃあな」

「お前親友の恋バナをろくな話じゃないって……もういねえし!」


 竜弥の叶わぬ恋の話はそこそこに、俺は神奈月さんの後を追う。

 階段を上がって彼女が向かったのは屋上だった。

 少し遅れて俺が出ると、フェンスに寄っかかった神奈月さんが体育座りをしている。

 彼女の視線は一瞬こちらへ向けられたものの、すぐにうつむいてしまった。


「あのさ」


 俺は神奈月さんの前に立って話しかける。

 平静を装っているけど、内心では心臓がバックバクだ。

 話したことがないわけじゃないけど、久しぶりだからなぁ。


「弁当忘れたんだろ?」


 俺の言葉に、神奈月さんが再び顔を上げる。

 そして何かを言おうと口を開いた。


「べ……」


 ぐぎゅう~。

 情けないお腹の音が響く。

 それも俺からじゃない。神奈月さんからだ。


「別にお腹なんて空いてな」

「嘘つけ。口に合うかは分からないけど、半分食べるか?」


 お腹が鳴ってしまったことで耳まで赤くなった神奈月さんは、しばらく黙り込む。

 この男にはどんな魂胆があるんだろうと、怪しまれているのかもしれない。

 でも不思議なことに、今の俺には何の下心もなかった。

 別に弁当を分けて神奈月さんに良く思われようとか、あるいは何か見返りを要求しようとか、そんな気持ちは一切なかったのだ。

 何となく目についたクラスメイトを、何となく助けてあげようとしているだけ。

 幸いなことに、それは神奈月さんに伝わったようだ。


「ここは……お言葉に甘えて」

「午後の授業中、お腹をぐーぐー鳴らされても困るからな」

「そんなことしないしっ!」


 そう言いつつも、神奈月さんのお腹からは再び音が響いた。

 慌ててお腹を押さえ、顔をより真っ赤にするお嬢様。

 ごめんなさい。かわいいです。

 何か見ちゃいけないものを見ているような気がするけど、かわいいです。

 俺は神奈月さんの横に腰を下ろすと、保冷バッグを開けるのだった。





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