第17話 素顔を見た結末②


 アメリカ。ブルックリン。ジャンク屋、裏手。


 街灯もなく、薄暗い物陰になっていて、辺りは暗い。


 そこに降り立つのは漆黒の鎧姿のリーチェとジェノだった。


「あーあ、結局、何も解決できなかったなぁ……まぁ、次、頑張ればいいか」

 

 両腕から下りたジェノは、呑気に語る。


 いつか来る、未来の問題に気を揉んでいた。


 その後ろ姿を眺めながらリーチェは鎧化を解く。


 黒い光が淡く消え、頭上には一匹の白い兎が現れる。


 それをフードの中に押し込んで、懐の中に手を入れ込む。


 手が震える。ここから、逃げ出したい思いに駆られてしまう。


「悪いけど、あなたに次の機会はない」

 

 だけど、向き合わないといけない。


 懐から取り出したのは45口径の自動拳銃。


 それをジェノの背中に向け、静かに言い放った。


「…………なんで」


 振り返ったジェノの顔色が一瞬で曇っていく。


 今まで飽きるほど見てきた、絶望に染まる表情。


 今まで飽きるほど聞いた、ありふれた言葉だった。


(後は……引き金を引くだけ……)


 胸には銃口が当たり、引き金は人差し指の上。


 殺せ。殺せ。殺せ。と頭の中の声がささやいてくる。


「私は部外者に素顔……あの鎧を見られたら殺さないといけなくなる」

 

 だけど、殺すのは後からでもいい。今じゃなくても間に合う。

 

 そう言い聞かせて、ノイズを振り払い、己が背負うルールを告げた。


(責められるん、でしょうね……)


 まず、思い浮かぶのは、なぜ助けたのか。


 そんな至極真っ当で、言い返せない罵倒の言葉。


(いえ、聞き届けてあげれば、それで終わり……)


 自然と引き金に手をかけた人差し指には、力がこもる。


 そう自分に言い聞かせないと、気が気じゃいられなかった。


「――そっか。リーチェさんが、妹の死を偽装したんですね」


 しかし、返ってきたのは思いもよらぬ回答。


 顔には希望に溢れ、瞳の奥には光が広がっている。

 

「……根拠は?」


 胸がぎゅっと締め付けられるようだった。


 それでも、必死に顔色に出さないようにした。

 

 悟られないようにするためにも、話題を逸らした。


 目を向けないといけない問題から逃げ、先送りにした。


 引き金を引く。たったそれだけで何もかも済むはずなのに。


「部外者に鎧を見られたら殺さないといけない。裏を返せば、部外者じゃなければ問題ないことになる。だから、マランツァーノとリーチェさんの抗争に巻き込まれた妹を殺し屋か組織に引き入れ、偽の遺体を用意し、死んだことにした」


 すると、ジェノはなんの怖気もなく淡々と憶測を語っていく。


 瞳にはなんの迷いもなく、自分の考えを信じて疑わない様子だった。


「……だとしたら?」


 ここまで聞いたなら、最後まで聞いてあげたい。


 求めるのは、答えの先。彼の瞳の中にあるものだった。


「僕も死んだことにして、妹がいる場所に連れて行ってください!」


 出てきたのは、実にシンプルで能天気な答え。


 彼の並べ立てた理想。いえ、妄想の先にある未来。


「分かったわ。連れて行ってあげる……地獄へね」


 それに対する返答は、冷静に引き金を絞ることだった。


「――っ」


 派手な銃声が鳴り響き、放たれた弾丸は空を切る。


 至近距離からの発砲。当たれば、まず、助からない。


(抵抗すらしないのね……)


 だけど、弾丸は、彼の驚く顔の隣を通過するだけだった。


「あなたは今、死んだ。新しい自分になった気分はどう?」


 合ってるかはともかく、能天気なのは嫌いじゃない。


 ルールを曲げてまで生かす理由は、それで十分だった。


「……耳が痛いです。あと欲を言えば、ゼウスがいれば完璧でした」


 割と肝が据わってるらしい。平然とそんなことを言ってくる。


 ゼウス。そんな仰々しい名前をつけられたのは、彼のペット。


 みかじめ料が払えずに、マランツァーノに徴収されてたもの。


「あの鳥なら、もうすぐ――」


 庭園側へ目を凝らすと、見えてくる。


 深い闇に満ちた森から現れる、一点の白。


「――クワっ!」


 白く、雄々しい、白鳥の姿が。


「……ゼウスっ!! なんで、ここにっ!?」


 森からトコトコとやってきたゼウスを抱き、ジェノは驚きの声をあげた。


「檻だけ壊して、動物の帰巣本能に賭けたのよ」


「すごい……。全部計算通りだったってわけですか」


「いいえ。正直言うと、あなたはここで殺すつもりだった」


「そっか、そうですよね。……でも、これから僕はどうすれば?」


「それについては、腰を据えて話したいんだけど、上がってもいい?」


 リーチェが視線を向けたのは、ジャンク屋。


「もちろんです!」

 

 対し、ジェノは太陽のように晴れやかな顔で、明るく言った。

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