第18話 獅子身中の虫①
アメリカ。ブルックリン。ジャンク屋。店内。
足を踏み入れたのは、リーチェとジェノだった。
地面に散らっていた商品は、机に陳列されている。
カウンターには、花瓶に薔薇を活けるマルタがいた。
(赤い、薔薇……)
なんでもない日常の光景に見える。
だけど、なぜか強烈な違和感を覚えた。
「……ただいまマルタおばさん」
すると、ジェノは白鳥ゼウスを抱えて、気まずそうに声を語る。
恐らく、帰りが遅くなったことを怒られると思っているんでしょうね。
「おかえり。話は聞いてるよ。邸宅まで行って、ゼウスを取り戻したんだろ?」
しかし、マルタは騒動を見てきたかのように反応する。
(話は聞いてる……? やっぱり、何かおかしい)
些細な違和感が、確信に近付いていく。
同時に、空気がぐっと重くなるような気がした。
「……えっ。あぁ、うん。そうだけど、なんで知ってるの?」
ジェノは警戒しつつゼウスをカウンターに置き、尋ねる。
正直、聞くまでもないかもしれない。あの赤い薔薇が、もし――。
「レオナルド大統領が教えてくれたんだよ。二階で待ってるから行ってきな」
連想したのと同時に、語られたのは、最悪の答え。
「「……っ!?」」
二人は互いに顔を見合わせ、無言で頷き合い、二階へ向かった。
◇◇◇
ジャンク屋。二階。物置部屋に繋がる扉の前。
廊下にジェノを待機させ、リーチェは扉を開いた。
中には、腕を組んで、椅子に腰かけるレオナルドの姿。
(大司教……こいつも厄介だけど、もっと厄介なのは……)
椅子のすぐ隣には、白いアタッシュケースが置かれている。
赤い幾何学模様の刻印が彫られ、物々しい雰囲気を放っていた。
「先ほどの奇襲、実に見事でした。あの鎧は貴方ですよね」
そう考えていると、レオナルドは早速、本題を切り出した。
手にはグラスを持ち、ワインのように赤い液体をすすっている。
二つ目の瓶を勝手に開けて、甘美なる味わいを堪能していたみたい。
「――鎧? なんのこと?」
リーチェは焦らずに、少女を演じる。
素顔は割れたけど、顔と一致しないはず。
とぼければ、帰ってくれる可能性はあった。
発言内容から考えると、正直、期待薄だけどね。
「そうですか、人違いでしたか。これは失礼――」
一方、レオナルドは椅子から立ち上がり、アタッシュケースを掴む。
そして、そのまま扉に向かって歩き始め、横を通り過ぎようとしている。
(へぇ……ここまで踏み込んでおいて、帰るのね……。帰さないけど)
素顔を見られたなら、殺さなければならない。
そのルールは大司教相手であろうと例外じゃない。
即戦闘のつもりだったけど、これなら奇襲できそうね。
そう考えつつ、懐に忍ばしている自動拳銃に手を伸ばした。
「しましたっ!」
瞬間。一筋の斬閃が煌めき、空を縦に裂いた。
紙一重でそれを避け、横切ったのは見覚えのある得物。
昼間、喧嘩騒ぎで使われていた、ただのナイフが握られていた。
「化かし合いはやめにしませんか? 時間の浪費は避けたいのですが」
避けた。いいえ、少女の体で避けることができてしまった。
実力を見せた以上、ここから演技で誤魔化すのは、無理な話。
「……隠しても無駄なようね。あなたの言う通り、あの鎧は、私」
だから、認めてあげた。
殺し合いになる覚悟を決めて。
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