第16話 素顔を見た結末①


 マランツァーノ邸。裏手。庭園。


 肌を吹き抜ける夜の風は、どこか心地良い。


 樹から樹へ。目まぐるしく、景色が移り変わっていく。

 

 考えないといけないことが沢山あるのに、気分は落ち着いていた。


(面倒を見る。きっと、約束を守ってくれたんだ……)


 助かった理由がハッキリしているからかもしれない。


 だから、死にかけた後なのに、こんなにも心地いいんだ。


「……中で、何かあった?」


 すると、声をかけてきたのは、漆黒の鎧。


 思った通りの聞き覚えのある声で、状況を尋ねてきた。


「えっと、捕まって、大統領に会って、それで、それで……」


 特に驚くようなことはなかった。


 中身はリーチェ以外に考えられない。


 そのまま聞かれた内容に答えようとする。


(あれ? おかしいな……)


 さっきのことは今でも鮮明に思い浮かぶ。


 いくらでも語れそうな、濃すぎる内容だった。


「ごめんなさい。上手く言えません。考えがまとまったら、いつか、話しますね」


 それなのに、言葉が出てこなかった。


 あの時は、自分なりの答えを出せたはずなのに。


「……」


 そこで、返ってきたのは重苦しい沈黙だった。


「そっちは、何かありました?」


 理由は分からないけど道中で何かあったのかもしれない。


 さっきの沈黙は苦じゃなかったのに、今度は嫌な感じがする。


 会話を無理やり引き伸ばすように、同じ話題を聞き返していった。


「……この手で、たくさん人を殺したわ。襲ってきたから」


 すると、原因はすぐに分かった。


 殺してなんとも思わない人はいない。


 空気が変に感じたのは、そのせいなんだ。


「……殺されそうになったから、殺した。先に手を出した方が悪い」


 ただ、気になることもある。


 頭に浮かんだのは、大統領の言葉。


 問答の末に分かった、一つの答えだった。


「殺された側からしたら、私は悪でしょうね。でも、君からはどう見えたの?」


 だけど、彼女は一切動じることなく、淡々と述べる。


 殺すのに慣れているから。にしては、堂々としすぎている。


 もっと別の何か。揺るぎない信念と自信のようなものを感じられた。


「正義の味方、ですね……」


 自分が出した答えなんて、滑稽に見えてくる。


 むしろ、間違っているんじゃないかとすら思えてきた。


 それぐらいの差を感じたんだ。なんでもない言葉のはずなのに。


「そう。善悪なんて、見る人の視点でどちらにでもなる、曖昧なものなのよ」


 やっぱり、思った通りだ。


 彼女の言葉には、一切の迷いがない。


 大統領がそうであったように、彼女にも芯がある。


 中身は分からないけど、凄味を感じる理由はそれしかなかった。


「じゃあ、何が正しくて、何が間違ってるかなんて分からないじゃないですか」


 自分の中の答えが揺らぐ。


 足元が急に不安定になった感じだ。


 頭の中には、不安と迷いばかりが生まれる。


 足りないのは、経験か、思考か、考え方そのものか。


 何も分からない。だから、目に見える答えを彼女に追い求めた。


「そうね。だから、決めないといけないの。自分だけの線引きを」


 提示されたのは、答えじゃない。


 答えの解き方。方程式。抽象的な概念。


(自分だけの線引き……)


 それが、正しいかどうかは分からない。


 ただ、この考え方は、間違っていない気がした。


 このまま考え続ければ、いつか答えが出るかもしれない。


(ちゃんと答えを出さないとな。あの時の問いかけに応じるためにも……)


 それ以降、会話は途絶え、冷たい風だけが二人を吹き抜けていった。

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