第15話 善悪問答②
啖呵を切ってやった。殺されるかもしれない台詞。
それぐらいの罵倒。それぐらいの正論。それぐらいの宣言。
目の前にはそれを受け止めた者がいる。人格を否定された人がいる。
「あぁ……やはり、欲しい。穢れなき魂を持つ、貴方が!」
その相手。レオナルドは、極度に興奮していた。
怒っているのか、喜んでいるのかは、正直、分からない。
ただ、興奮冷めやらぬまま、こちらに近付き、手を振りかざした。
(やられる……っ!)
殺される覚悟をして言い切った。
これから何をされても、自業自得なんだ。
だから、痛みに堪えるように片目をぐっとつぶった。
手足を縄で縛られた状態じゃ、これ以上、何もできないんだから。
「――っ!?」
しかし、聞こえてきたのは、何かがブチブチとちぎれる音。
薄目を開けて見ると、レオナルドは縄を素手で引き裂いていた。
(縄を解いた……? なんで……)
まるっきり意味が分からなかった。
ここで、拘束を解くメリットなんてない。
殺してくるどころか、助けてくれたように見えた。
「確かに、この世は金ではない。であれば、何を重んじるべきだと思います?」
聞きたい答えは返ってこない。
返ってきたのは、哲学的な問いだった。
(こんなことを聞いて、なんになるんだ……)
答える義理なんかないし、答える必要性も感じない。
「……人、ですか」
それなのに、思ったことを口走っていた。
内容に自信なんかないし、頭も上手く回ってない。
それでも、今一番しっくりくる答えを口にできた気はした。
「良い答えだ。……ですが、私にとっては違う。大事なのは金でも人でもない」
ニヒルな笑みを浮かべて、レオナルドは機嫌よく語る。
「だったら、なんなんですか」
この問答に意味があるかは分からない。
だけど、時間稼ぎをできるならちょうどいい。
すぐに思考を切り替え、話に乗ってやることにした。
「――力だ! 力ある者が世界を支配し、力なき者が世界の奴隷となる!」
そこで彼が力強く言い放ったのは、独裁的な思想。
仮にも民主主義国家の代表が、口にしていい台詞じゃない。
(力、か……。僕がもっと強かったら、捕まってないもんな)
ただ、一理あった。何もかも間違いってわけじゃない。
力があればこの状況はどうとでもなる。その事実は変わらない。
同意するつもりはないけど、一個人の感想としてなら、聞ける内容だった。
「貴方は、どちら側の人間になりたいですか?」
しかし、思想を二択で強要される場合、話が変わってくる。
支配される側と、支配する側。その二種類の人種しか存在しないことになる。
「どっちも間違ってる! 力のあるなしが、人の全てじゃない!」
だからこそ、否定してやった。
自分の考えを、価値観を、表明するために。
「面白い答えだ……。であれば、私は貴方を支配しよう。この力を、もってして」
すると、レオナルドは拳の骨を鳴らし、答える。
瞬間、悪寒が走った。殺気のような、どす黒い感情。
それが、見えない冷気となって、全身を冷やされていく。
(ころ、される。やらなきゃ、やられる……)
体の奥底の遺伝子が沸き立ち、生存本能がそう語りかけてくる。
「さぁ、かかっておいで。どちらが人として正しいか、試そうじゃないか」
両手を広げ、レオナルドは高らかにそう言い放つ。
「――くそっ!!!」
それが引き金となって、気付けば、拳を放っていた。
振り放たれた拳は、一直線にレオナルドの頬へと迫っていく。
「……」
パシンと音を立て、拳は直撃。
それも狙い通り、彼の頬を捉えていた。
(う、ぐ……っ。なんて、硬さだ……)
しかし、捉えた頬はびくともしない。痛みだけが拳に走る。
力で負けてしまっていた。言い訳の余地もなく、完膚なきまでに。
「口ではああ言っておきながら、最後に頼るのは力ですか。私と変わりませんね」
すると、彼はその行いを、力ではなく、言葉で責め立ててくる。
「――違うっ! 僕は力を使って、人を支配しようなんて思ってない!」
それだけは、受け入れるわけにはいかなった。
自分は間違ってないと、強く否定するしかなかった。
だって、受け入れたら、相手の思想に同意したことになる。
それも、嫌いだと思う人間の思考回路と同じになってしまうんだ。
「いいえ。貴方が、先に手を出した。卑劣な暴力を先に振るったのは、貴方だ」
しかし、レオナルドには通じない。
冷静に端的に、矛盾点を指摘してくる。
言葉を断ち切るような、鋭さを感じられた。
「……あなたはどうなんです? 大事なのは力だって言ってましたよね」
その上で、浮かび上がってくるのは、一つの疑問。
力を肯定したはずのレオナルドが、力を否定するという矛盾。
「ええ。ですから、同じ思想なんですよ、私と貴方は」
問答をした意味が分かった。意味があるって気付かされた。
暴力を否定したのは、自らの思想を強く表明するためなんだ。
「一緒にしないでください! あなたと僕は、違う!!!」
おかげで、思想の違いが分かった。
相容れてはいけない部分が理解できた。
それを伝えるために、声を張り上げたやった。
「ほぅ。そこまで言うのであれば、その言い分を聞きましょうか」
両手を組み、余裕の表情で、レオナルドは反応する。
その態度、その言葉、その表情。全てが受け入れられない。
「あなたの言う通り、力を振るう意味も、その良し悪しも、正しいか間違っているかも、僕は何も分かっていなかったのかもしれない。……でも、あなたは知っていた。最初から全部分かった上で、わざと間違った道を選ぼうとしている」
口に合わない食べ物を吐き出すように、言葉を並べる。
そうでもしないと、気持ち悪くて、不快で仕方がなかった。
「つまり?」
もう答えは、ほとんど出ている。
それなのに、レオナルドは聞き返した。
きっと、答えを相手の口から言わせたいんだ。
だったら言ってやる。これ以上ない正論を返してやる。
「――あなたは、悪だ! 善と悪を区別できる目を持った悪なんだ!」
吐き出したのは、気持ち悪さを感じた根っこの部分。
一度間違いを犯したことで、嫌でも分かってしまったんだ。
相手の思想。相手の考え。相手の主張。相手の矛盾している点が。
「ええ、その通り! 善悪をわきまえた上で、悪道に進むのが、私の王道です!」
レオナルド・アンダーソンは、正常に狂っていた。
確固たる善悪の見識を持ちながら、狂気に染まる狂人だった。
「狂ってる……。おかしいですよ、そんなの!」
相手を理解した上で、受け入れられない。
いや、理解できてしまったからこそ、イラついた。
頭の種類が違う。言葉では到底分かり合えないタイプの人間。
「ええ、分かっていますとも、誰よりもね。……その上で、問いましょう」
両手を広げ、狂気的笑みを浮かべて、レオナルドは前置きを挟む。
恐らく、次の台詞が彼の一番伝えたいこと。これまでのは全部、布石だ。
「――貴方はどちら側の人間になりたいですか?」
その上で問われるのは、さっきと同じ質問。
それなのに、さっきとは意味が違うように感じた。
間違いを知った今なら分かる。これは力の問題じゃない。
善と悪を分かった上で、どうなりたいか、を問われているんだ。
「そんなの決まってる、僕は――」
胸の内の答えを、ありのままに伝えようとした。
その時、背後から扉をぶち破るような、豪快な音が響く。
直後、見覚えのある黄色い玉が、コロコロと転がってきていた。
(これって……閃光玉……っ!?)
事態を把握して、反射的に目を閉じた後、閃光玉は発光した。
すると、冷たい感触が体全体を包み込み、何かに抱え上げられる。
ゆっくりと目を開くと、そこには見覚えのない漆黒の鎧の姿があった。
すぐに誰か分かった。このタイミングで現れる人なんて、一人しかいない。
「り――」
頭に浮かぶ名前を呼びそうになったけど、人差し指で言葉を遮られる。
そのまま漆黒の鎧に抱えられ、答えを先送りにしたまま、邸宅を後にした。
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