第14話 善悪問答①


 マランツァーノ邸。一階にある執務室。

 

 壺や、動物の剥製、毛皮の絨毯が飾られる部屋。


 そんな室内に、縄で手足を椅子に縛られたジェノがいた。


(マランツァーノファミリーのボスに、ゼウス……状況は最高で、最悪だ)


 目の前には、マフィアボスのカモラと、大統領レオナルド。


 奥に見える机の上には、白鳥ゼウスが鳥かごの中に捕らわれている。


 予定とは違ったけど、妹の安否確認とペットを回収できる最高の状況だった。


「……さて、舞台は整った。貴方に一つだけ、チャンスを与えましょう」


 だけど、同時に最悪も広がっている。


 レオナルドの手にはトランシーバーが見える。


 見つかった時に壊そうとしたけど、間に合わなかった。


 そのせいで、周波数で繋がる相手に連絡された後のことだった。


「お仲間を裏切り、私の元に来ませんか? そうすれば貴方の命は保証します」


 レオナルドは、手元のナイフの腹を叩き、裏切る手段を示す。


 仲間を裏切る。それが何を意味しているかは、すぐに理解できた。


 だからこそ、何も答えず、刺すような視線をレオナルドに送り続けた。


「いい目をしている……。であれば、百万ドルを支払います。いかがです?」


 レオナルドは語りながら、懐から小切手と万年筆を取り出す。


 そして、すらすらと筆を走らせ、七桁の文字を見せつけ、尋ねた。


 実際、お金には困ってる。妹の件も聞きたいし、ゼウスも取り返したい。


 はい、と答えるだけで、首を縦に振るだけで、望みは大体叶ってしまうだろう。


「――っ」


 だから、小切手を食べてやった。

 

 相手を拒絶するために、行動で示してやった。

 

 それが、例え、自分の命を失うことになるんだとしても。


「なんとっ!」


 驚くレオナルドをよそに、噛みちぎり、飲み込んで、胃に流し込む。

 

 味なんてしなかった。でも、心は、どんな料理を食べた時より、満足していた。


「……なぜ、こんなことを? この取引は貴方にメリットしかないはずですよ」


 信じられないといった様子で尋ねてくる。


 どうやら、まだ意味を理解していないらしい。


「大統領がそんなことも分からないんですか」


 怒りで殴られた痛みすらも忘れ、喉を震わせる。


 言いたいことはたくさんある。いくらでも思い浮かぶ。


 だけど、伝えたいことを一つに絞る。その方が、効果がある。


 大きく息を吸い、目の前の大男を見つめ、口を開き、意思を伝える。


「――お金で人の心は買えない! たった、それだけのことなんですよ!!」


 損得でしか人が動かないと思っている浅はかな考えを、言葉で否定するために。

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