第13話 譲れない一線③


 マランツァーノ邸、裏手にある庭園。


 樹々の木陰にいるリーチェは、顎に手を当てる。


 薄暗い森がざわめくのを肌で感じながら思考を重ねていた。


(思い出した。レオナルドは大統領兼大司教。米国と白教の重鎮……)


 頭の中で一致するのは、あの顔と二つの肩書き。


 とんでもない大物。面倒なんてレベルの問題じゃない。


(もし、今、乗り込んだら、国家と白教を敵に回す覚悟をしないといけない)


 彼の妹から、大司教がここにいるのは聞いていた。


 白銀が関係する千年祭について、聞けるチャンスでもある。


 だけど、タイミングが悪すぎる。リターンよりリスクが勝っていた。


『―――チェさん――――けて』


 思考は作戦中止に傾く中、ノイズ混じりの音が聞こえる。


 全部は聞こえない。それでも、理解できた。助けを呼ぶ声だって。


「――っ!」


 考えるより先に、体が勝手に動き出す。


 すると、上空には赤い煙が立ち昇っていた。


(信号玉の赤い煙……くっ、間に合って)


 逸る心を抑え、リーチェは地を駆け、マンションを目指した。


 ◇◇◇


 マランツァーノ邸の向かいにある、マンション屋上。


(……いない。一歩、遅かった)


 臍を噛む思いで、リーチェは痕跡を探るために辺りを観察していく。


 そこで見つけたのは、床に落ちたトランシーバーの破片と微量の血痕。

 

 致死量の出血には見えないことから、連れ去られたとみるのが妥当な線。


「今なら、まだ間に合う……」


 考えは自ずと助ける方向に向いていく。


 だって、面倒を見るってあの子と約束した。


 ここであっさり見捨てるわけにはいかなかった。


『お嬢、あのなぁ……自分で何を言ってるか、分かってんのか?』

 

 そこで聞こえてきたのは、フェンリルの呆れたような声。


 声は届いていた。でも、それを無視して、歩みを進めてやった。

 

 だって、今は一秒でも早く、彼を助けに行かなければならなかったから。


「……」


 一歩、二歩、三歩と、歩幅を増やし、地上へ向かう。


 どうせフェンリルは、やいやいと声を響かせて、止めてくる。


 でも、何を言われても関係ない。歩みを止めるわけにはいかなかった。


『相手は大司教。行けば、十中八九、俺を使う。そうなりゃあどうなると思う』


 思った通り、フェンリルは言葉で妨害してきた。


 無視すればいい。気にせず前に進むことだけ考えればいい。


「どうって、私たちが勝つに――」


 それなのに、反応してしまった。足が止まってしまった。


 だって、これには致命的な矛盾がある。助けるとは正反対の行為。


『気付いたな。分かったならさっさと帰るぞ』


 助けても、意味がない。意味がないなら、助ける必要がない。


 見苦しい言い訳を重ねて、どうにか自分の感情を呑みこもうとする。


『聞こえますでしょうか。こちら、大統領兼大司教のレオナルドと申します』


 そんな時、見計らったかのように聞き覚えのある声が響いた。


 トランシーバーに繋がれている、鳴るはずのないイヤホンから。

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