第12話 譲れない一線②
マランツァーノ邸。正面玄関。
噴水と庭があり、道路が通っている。
そこには、一台のリムジンが止まっていた。
「大統領……いえ、大司教様。よくお越しくださいました」
カモラは白いスーツに身を包み、恭しくお辞儀をする。
目の前には、来訪した相手。不遜の許されない存在がいる。
「なかなかの一等地ですね。向かいのマンションが景観を損ねていますが」
降り立つは、白いタキシード姿の大統領兼大司教レオナルド。
向かいのマンションの屋上辺りを睨みつけながら、所感を述べる。
気分は損ねていない様子。これなら、組員の首をハネずに済みそうだ。
「ご心配には及びません。来年末には、解体予定でございます」
まだ気は抜けないが、ひとまず会話に乗り、合の手を挟む。
一瞬も気を抜くわけにはいかない。機嫌を損ねたら一発アウト。
白いハンカチで頭の冷や汗を拭いながら、次の言葉に意識を向ける。
「そういう意味ではありません。見られていますよ。手を回すならお早めに」
そこで、返ってきたのは、まさかの言葉。
すぐさま、大司教が見ている方向に視線を向ける。
「……っ!?」
すると、マンションの屋上から、反射光が見えた。
意識して、目をよく凝らさないと見えないわずかな光。
ただ確かに見えた。状況的に対処せざるを得ないだろうな。
「おい、裏手から組員を回しておけ」
周りにいた組員にそう伝え、組員はトランシーバーで連絡を取っている。
やはり、数段格が違う。さすがは白教とアメリカの頂点付近に位置する男だ。
「気取られないよう平常運転で頼みますよ」
「……もちろんでございます。では、奥へどうぞ」
軽く釘を刺されながら、カモラは邸宅を案内していった。
◇◇◇
マランツァーノ邸内、二階にある食堂。
西洋画や壺などが飾られる、縦長に広い空間。
中央には白いテーブルクロスがかかった長テーブル。
そこには、用意された色とりどりの西洋料理が並んでいた。
「そういえば、取引は失敗に終わったようですね」
ナイフを置き、レオナルドは話を切り出した。
その発言に、空気が張り詰めていくのを感じる。
大司教が出向いたのは、こちらの失態によるもの。
だからこそこれは、失態を埋めるための、本気接待。
機嫌を損ねれば命はない。三度目の失態は死を意味する。
「……申し訳ありません。箱は無事ですが、鍵が所在不明となっております」
胃がひりつき、今にも食べた料理が出てきそうだった。
それでも慎重に言葉を選び、嘘偽りない事実だけを伝える。
この方に嘘は通らない。素直に非を認め、謝罪する他なかった。
「困りましたね。鍵もお渡ししたはずですが」
「お言葉ですが、取引はトラブルで破断。そんなものは――」
言いかけて、気付く。これは、鍵を横領したか、疑われている。
アガリをピンハネした組員を詰めたことがあったが、あの時と真逆だ。
恐らく、鍵を渡した明確な根拠があって、しらを切ったと勘違いされた状況。
「二度目の取引の際、何か受け取った覚えはありませんか?」
身に覚えも受け取った覚えは全くない。
だが、思った通り、鍵は渡されていたのだ。
『ディーノ』で殺し屋に乱入された日のどこかで。
「出会った部外者は、敵側の殺し屋と娼婦……」
カモラは目を閉じて、出来事をゆっくり思い返す。
ビデオを巻き戻して再生するように念入りに確認する。
そこで真っ先に思い浮かんだのは、あるプレゼントのこと。
「まさか、鍵とは……こちらのことだったのですか!?」
予定外の娼婦が、部品から組み立てた古式拳銃。
銀色のフォルムとトグルアクションが特徴のルガーP08。
それを懐から取り出し、震える手でレオナルドに手渡していく。
「9mmパラベラムには『平和を望むならば戦いに備えよ』という意味があります」
レオナルドはルガーP08の弾倉を抜き、語る。
9mmパラベラム弾は、ルガーP08が広めた弾薬。
(何かのアナグラムか……? いや、それにしては……)
発言を深読みしてみても、いまいちしっくりこない。
「浅学な私には話が見えてきませんが、どういうことでしょう?」
このどちらでもない時間が耐えられない。
気付けば、考えるより先に意味を尋ねていた。
「分かりませんか? こちらの弾倉の中身が平和への『鍵』ということです」
そこでレオナルドは弾倉底部に触れ、分解。
すると、そこには、一本の金色の鍵が入っていた。
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