第11話 譲れない一線①


 マンハッタン。ブルックリン。マランツァーノ邸前、庭園。


 夜の帳が下りる中、庭園中央に建つ邸宅の明かりが辺りを照らす。


 1000坪は優に超える場所。広い公園を買い取り、中心に家を建てた感じ。


「聞こえる?」

 

 邸宅裏にある雑木林の陰にいるのは、リーチェ。


 耳に手を当て、胸のトランシーバー越しに声をかける。


『はい、感度良好です』


 すると、接続されたイヤホンから問題なく音声が聞こえてくる。


 正面の高層マンション。その屋上に目を凝らすと、光が目にチラつく。


 双眼鏡の反射光だった。ただ、ほんのわずかな光で、意識しないと見えない。


(遮光用の布は被せたけど、それでも……)


 彼の役割は斥候。敵の位置や様子を知らせること。


 本来なら、安全な立ち位置。だから、一人にさせた。


 ただ、あの反射光で位置が特定される可能性もあった。


(いや、野蛮なマフィアにそこまで神経質な人がいるわけがない)


 また無意識に余計なことを考えてしまう。


「……再度確認するわ。君の役割は?」


 そんな思考を振り払うように、話を本題に戻した。


『敵の位置を知らせ、異常があれば報告すること』


「緊急時の対応は?」


『無線で連絡する。無線が使えない場合は、信号玉で知らせる』


「この作戦で重要なことは?」


『敵に見つからないこと。見つかったら逃げること。そして、人を殺さないこと』


 質疑応答を重ね、彼のやるべきことを細かく確認させていく。


 当たり前のことだけど、これだけで作戦の成功率がグンと上がる。


 特に素人には効果的。万が一の場合に、パニックを防ぐ効果もあった。


「よし、いいわね。敵はどれくらい見える?」


『正門に四人。中庭に……十人は見えます。銃を持って辺りを周回してますね』


 ようやく斥候らしいやり取りを重ねる中、少し違和感があった。


(変ね。見張りが多すぎる……)


 内部抗争か、先日の一件の影響か。


 どちらにしても、どうも嫌な感じがした。


『あっ、車です。今、黒のリムジンが、正面の門を通過しました』


 その嫌な感じを裏打ちするように、ジェノから報告が入る。


 リムジン――大型乗用車の中でも、最高級の品質を誇る高級車。


 送迎用として使われ、マフィアのボスが乗っていてもおかしくない。


「……他に何か見える?」


 ただ、何か引っかかる。


 その違和感を探るように尋ねた。


『えっと、車のヘッドライト付近に旗のようなものが見えます』


 旗。記憶の片隅に何か引っかかることがあった。


 ただ、頭に霧がかかったように思い出すことができない。


『今、車から降り、て……。レ、レオナルド・アンダーソン……っ!?』


 すると、絶句するような声が、イヤホンから聞こえてくる。


 ジェノがトランシーバー越しに語るのは、聞き覚えのある名前。


 でも、足りない。決定的な何かを見落としている、そんな気がした。


「……え? そんなに有名な人なの?」


『なに言ってるんですか! 彼はアメリカ合衆国の王、大統領ですよ!!!』


 その言葉で繋がった。鮮明に思い浮かんだ。


 白いタキシード服を着た、名も知らない黒人の姿が。

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