第10話 責任②

 

「うっ……。参りました……。でも、もう一度だけお願いします!」


 後ろ手を縛りあげられ、ジェノは地面に伏している。


 これで十二回目の敗北。それなのに、心は折れる気配がない。


 腕っぷしはダメダメだったけど、根気だけは目を見張るものがあった。


「もういい。連れていくから」


 リーチェは手を放し、根気馬鹿を解放していく。


 止めなかったら、きっと、何度だって立ち向かってくる。


 折れてあげるしかなかった。この子を殺すわけにはいかないから。


「やった! 約束は守ってくださいよ!」


 解放されたジェノは飛び跳ねるように起き上がり、拳を握っていた。


 複雑な気分だった。例えるなら、勝負に勝って、試合に負けたような感じね。


「……それより、さっきの光る玉って、まだある?」


 なんだかばつが悪い。話題を逸らすようにリーチェは尋ねる。


「あぁ、閃光玉のことですね。商品なので在庫はまだまだありますよ」


 ジェノは指示に従い、ガラクタの山を探る。


 そこから取り出してきたのは、小さな黄色い玉。


 力試しでこの子が使ってきた、数ある小細工の一つ。


 このサイズで閃光手榴弾並みの光を放つ、優れものだった。


「これで、あの発光……。使えそうね。あなたが作ったの?」


 それを受け取りながら、隅々まで見回す。


 見た感じ、9mm弾よりも一回り小さいぐらい。


 どういう仕組みで発光するのか、想像もつかなかった。


「いえ、エリーゼです。他にも、催涙玉や、信号玉なんてのもありますけど」


 すると、ジェノは山から青い玉と赤い玉を取り出してくる。


 手先が器用、なんてレベルじゃない。特許を取れば億万長者ね。


 現行の科学技術の遥か先にいる。論文にすれば博士号だって取れる。


「使えそうね。……他に用意してもらいたいものがあって――」


 ただ、彼女を褒めても心が痛むだけ。


 すぐに忘れて、話を淡々と進めていった。


 ◇◇◇


 リーチェが指定した品をジェノが用意する。


 そんな作業も終わり、乗り込む準備は完了する。


 声をかけさえすれば、いつでも出発できる状態だった。


「……君、人を殺したことはある?」


 そこでリーチェは、地面に三角座りしながら問う。


 これから起こるかもしれない出来事への最終意思確認。  


 問われたのは、ガラクタの山を整理しているジェノだった。


「ありません。……でも、その気になれば、僕だって」


 整理していた手がぴたりと止まる。


 そして、振り返り、伏し目がちに言った。


 腕試しの時のような根気はまるで感じられない。


「小指を出して」


 リーチェは言葉を遮りながら、一方的に要望を伝える。


 それも、こっちから小指を出し、断れない状況を作っていた。


「……こう、ですか?」


 不安そうな顔をしながら、ジェノも小指を出す。


 すぐさま、気付かれる前に小指同士を絡めて、こう告げた。


「人は殺さないこと。これだけは約束して」


 危険な場所に連れていくのは了承した。


 でも、手を汚させるかどうかは、別の話。


 人を殺したことがないならそのままでいい。


 カタギのままでいられた方が幸せに決まってる。


「……懐かしいですね。小さい頃、妹とよくやりましたよ」


 一方、ジェノは微笑しながら諦めたように語る。


 言いたいことを押し殺して、折れたようにも見えた。


 ただ、『はい』とも『いいえ』とも言ってない曖昧な回答。


「そう。だったら、エリーゼにも誓ってくれる?」


 約束してないと言われても困る。


 念押しするように、リーチェは尋ねた。


「ははっ、破ったら大目玉くらいそうだ。妹にも誓って、殺しはしません」


 すると、ジェノは、小指をぐっと握り、確かに約束する。


 その瞳には一切の濁りはなく、希望に満ち溢れた表情をしている。


(……これで、いいのよね)


 心に重くのしかかるのは、彼の妹に手をかけた責任。


 それが罪悪感となり、身を焦がされるのを感じながら、小指を放した。

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