第5話 殲滅任務③
ナイトクラブ『ディーノ』地下四階。VIPルーム。
隣のソファには、バスローブを着た幼い娼婦が座っている。
ガラス製の長テーブルには、黒いシャンパンボトルが置かれていた。
「さて、ご主人様。お土産、開けちゃってもいいですか?」
爽やかな石鹸の香りと、子供特有の乳臭い匂いがする。
大人とはかけ離れた空気を醸し出しながら、娼婦は尋ねた。
「……勝手にしろ。その代わり、飲んだら大人しく帰れ」
相手は未成年だろうが、止める気は毛頭ない。
何しろこっちはマフィアだ。むしろ、勧める側になる。
それに飲酒程度なら可愛いものだろう。薬じゃないだけマシだ。
「はいはーいっと。じゃあ、さっさとご用意しちゃいますか」
娼婦は勢いよくソファから立ち上がると、そう言った。
恐らく、バーカウンターからグラスを取ってくるつもりだろう。
「……いらん。安酒は舌が腐る。飲むならお前が一人で勝手に飲め」
ボトルには見たことのないラベルが貼られている。
高い酒は一通り覚えたが、見覚えがないなら安酒確定だ。
味覚を保つためにも、飲めん。毒入りの可能性も考えられるしな。
「はーい、じゃあ、遠慮なく」
すると、娼婦は何を思ったのか、ボトルの底に手を伸ばした。
クレイジーな奴だ。裏に小穴を開けて、一気に飲み干すつもりか。
そう思っていると、底は蓋のように簡単に外れ、中身がこぼれ落ちた。
「……は?」
落ちてきたのは、液体ではなく、固体。
銃身、引き金、弾倉、9mm弾、スプリング、ボルト。
見ただけで分かる。こいつはトグルアクション式のアンティーク銃。
「さぁって、お土産のルガーP08を今から組み立てますねぇ!」
娼婦は舌なめずりをして、両手の指先を細かく動かしている。
間違いない。どうやらこいつは、ただの幼い娼婦ではないようだ。
◇◇◇
ナイトクラブ『ディーノ』一階にある、エレベーターホール。
金の装飾が施されたコの字の空間に、一台のエレベーターが見える。
地面には、大量の薬莢と短機関銃が転がり、頭上には、一台の監視カメラ。
「ま、まいった。降参する。だから、殺さないでくれ、頼む!」
そして、眉間に銃口を突きつけられた白スーツ姿の見張りがいた。
緑のモヒカンに、顔は細い、額に髑髏刺青があり、両手を上げている。
言葉に耳を貸すつもりも、手心を加えるもない。重要なのは、相手の耳元。
(やっぱり、耳栓。だったら、後は――)
確認できたなら、もうこの人に用はない。
リーチェは45口径の黒い自動拳銃の引き金を引いた。
撃鉄が解放され、撃針が45ACP弾の雷管を小突き、火薬が発火。
9mm弾よりも2mmほど太い、殺意高めの弾丸が、見張りの眉間に放たれた。
「やめ――――――っ」
激しい銃声と見張りの断末魔が聞こえ、血と肉が飛び散る。
遅れてバタンと倒れる音が聞こえる。見るまでもなく即死だった。
(――残り九人)
視線を外し、次に見たのは上部にある監視カメラ。
銃口を向け、狙いを定め、引き金を引き、発砲し、破壊。
これで地下二階のモニタールームにいる見張りが気付いたはず。
「耳栓があるなら、敵の能力は音で確定ね。しかも、これで……対策完了」
リーチェは見張りの耳栓を奪い、黒いハンカチで拭き取り、耳に装着。
そのまま流れるように、エレベーター操作盤にある下矢印のボタンを押す。
『手の内が分かったとなりゃあ』
「あとは命の音を消してあげるだけよ」
そして、ほどなくして到着したエレベーターにリーチェは乗り込んでいった。
◇◇◇
ナイトクラブ『ディーノ』地下四階。VIPルーム。
カチャカチャと部品を組み合わせる音が、室内に響く。
空弾倉に9mm弾を一発分だけ指で押し込み、そのまま装填。
トグルアクションを上に引っ張り、薬室に弾が押し込まれていく。
左側のセーフティレバーを上にして、いつでも撃てる状態になっていた。
「できた!」
娼婦は快活な声を出し、長テーブルにポンと置いた。
そこには、9mm弾を世に浸透させた銀色のアンティーク銃。
20世紀初頭のドイツ陸軍で採用された、ルガーP08が完成していた。
「……お前、こいつの組み方をどこで覚えた」
普通の拳銃の組み立てでも大したものだが、こいつの難度は倍。
部品の数が多いのもそうだが、当時の工業製品の質は極めて低い。
同じ部品でも互換性がない場合もあり、熟練工の調整と加工が必須。
一度完品をバラしてあるとはいえ、技術がないと組み立ては不可能だ。
「ネットでちょろっと。それより、あげますね、これ。なくさないで下さいよ!」
娼婦はなんでもないように言うと、銃を手でずらしてくる。
完全に気を抜いていたが、命を狙ってきたわけでもないようだ。
「一応、受け取ってやるが、何が目的だ?」
机に置かれた銃、ルガーP08を受け取り、眺めながら質問する。
娼婦にしては手が込んでいる。口利きするには、上等な前土産だった。
「そりゃあ……娼婦と言えば、やることは一つ!」
兎のようにぴょんと跳ね、娼婦はベッドに飛び込んだ。
キングサイズの布団に滑り込み、枕の上に頭を置いている。
「ご主人様を私の専属パパにするんで、パトロンになってください!」
そして、その分かりやすい目的を、なんの恥ずかしげもなく告げていた。
◇◇◇
ナイトクラブ『ディーノ』。地下行きのエレベーター内。
今頃きっと、VIPルームがある地下四階には手下が集まってる。
銃を構えて、獲物が出てくる瞬間を、今か今かと待ちわびているはず。
「やるわ」『おうよ』
このまま蜂の巣にされに行くほど馬鹿じゃない。
「目には目を、歯には歯を、まつろわぬ者には死の救済を。
我、この理を以て、神に災いをもたらす叛逆の魔狼なり」
詠唱が鍵となり、フェンリルがニット帽から飛び出し、輝き出す。
白い兎は黒い狼へ反転し、黒い光がリーチェの体を包み込んでいく。
頭、胴、腕、足。全身に光が集まり、
『さぁ、パーティの始まりだぁ』「――殲滅を開始する」
光の中から現れたのは、漆黒の鎧。
小さな体には不釣り合いな長身の巨躯。
同時にエレベーターは、地下四階へと到着。
扉は自動的に開くと、立ち塞がるのは八人の敵。
白ずくめの男たちは、短機関銃を構えて立っていた。
「撃てぇ!」
発射火薬の燃焼。大量のマズルフラッシュが、開戦の合図。
短機関銃から放たれた、けたたましい数の弾丸が一斉に降り注ぐ。
ただの鎧ならひとたまりもない威力。わざと受けるのは自殺行為に等しい。
「何発もらった?」
でも、これはただの鎧じゃない。
硝煙と薬莢が舞い散る場所で、リーチェは尋ねる。
『ベレッタM12の9mm弾を160発ってとこだな。ひどいことするねぇ』
「そう。一人あたり、20発……。きちんとこれでお礼をしてあげないとね」
背後に手を回し、黒と白の二丁拳銃――ネロ&ビアンカを握る。
50口径で長めの銃身に、L字型の鋭いフォルムに、太めのグリップ。
飾り気や装飾はなく、原色の黒と白。その無骨さが何より好みだった。
「
そう発すると、空中から黒い弾倉が出現。
吸い込まれるようにネロ&ビアンカに装填。
スライドが独りでに引かれ、撃鉄が起こされる。
現在の装填弾数は、80発+80発。受けた弾数と同じ160発分だった。
「…………ば、化け物」
白スーツを着た一人の口が、確かに動いた。
読唇術。耳栓をしていても口の動きで読み取れる。
異能でも魔法でもない。ただの戦闘技術。誰でもできる。
「確かに、私は化け物よ。でも、化け物に引き金を引いたのは、誰?」
対し、リーチェは冷たく言い放ち、銃口を向ける。
言い訳の余地なんかない。手を出した証拠は揃ってる。
「……ひぃっ」
その常軌を逸した光景を前に、白スーツの男たちは、怯えていた。
無抵抗にもほどがある。マフィアならもう少し勇敢に戦ってほしいものね。
「引き金を引いたのは、そちらが先よ。報いを受けなさい」
リーチェは冷静に狙いを定め、一切の容赦なく、引き金を引き続ける。
黒いマズルフラッシュと共に、漆黒の弾丸が放たれ、次々と敵を射抜いた。
敵が起こした悪行に対して、執拗に、平等に、念入りに、報いを与えていった。
「一人、20発。これでおあいこね」
変換できた160発分。それをワンマガジンで撃ち尽くす。
穴だらけになった八人の死体を一瞥し、リーチェは毅然として言い放った。
(――残り一人)
この中には、見た限り
残るはVIPルーム正面入り口。その相手が、恐らく今回の本命。
リーチェは一瞬も気を抜くことはなく、視線を前に向けていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます