第6話 殲滅任務④


 リーチェが目を向けるのは、一本道の廊下。


 右手には非常口。正面にはVIPルームの扉と門番。


 白スーツ姿で高身長の男が、こちらを見つめ立っていた。


 目は鋭く、褐色の肌、左頬には刃物傷、髪は灰色オールバック。


 一目見ただけで分かった。こいつが、潜入した代理者エージェントをやった手練れ。


「一つ、質問させてもらってもよろしいでしょうか?」


 すると、刃物傷の男は何の気なく話しかけてくる。


 耳栓をしているせいで、相手の声は正確に聞こえない。


 それでも、口の動きだけで何を言っているかは理解できた。


(質問ね……。答える義理なんか当然ない……)


 無視して、すぐに戦いを始めることはできる。


 むしろ、それが正攻法。卑怯でもなんでもない。


「勝手にしたら」


 だけど、戦いはすでに始まっている。


 敵の能力は音。聴覚があるかを事前に試してる。


 だから、あえて話に乗った。聞こえる体の方が都合がいい。


「……その鎧ですが」


 男は話を切り出しながら、懐から銀のナイフを取り出す。


 右手で柄を握り、手首のスナップを利かせながら、投擲した。


 ナイフは一直線に鎧に迫ってくる。避けるまでもない牽制だった。


「――」


 当たったのは、比較的、鎧の装甲が薄い右腕関節部分。


 しかし、ナイフはあっけなく弾かれ、地面に転がっていく。


 その光景をリーチェはあくびをこらえつつ、鎧越しに見ていた。


「ただの聖遺物レリックではありませんね。良ければ至った理由をご教授願えませんか?」


 それを予期していたかのように、男は質問を続けていく。


 分かった上であえて聞いてるのか、動物の先を知らないのか。


 どちらにせよ答える必要はない。敵に手の内を晒しても得がない。


聖遺物レリックには、通常の動物形態から、さらに三つの進化段階がある。進化は聖遺物レリックと使用者との同調率に依存し、60%なら武器化、80%なら鎧化、100%は……お楽しみね。私の場合、復讐心によってその同調率は変動する」


 だけど、こいつは別。言い訳する余地は一切与えない。


 完膚なきまでに、叩く。それが、死んでいった代理者エージェントへの報い。


「……つまり、80%が限界、というわけでしょうか」


 すると、男は情報を受け止め、煽り立てるように告げてくる。


 挑発に乗ってあげてもいい。それが戦いの引き金になってもいい。


「残念だけど100%はとってあるの。あなたには使ってあげない」


 でも、ここで感情を浪費するつもりはない。


 今のやり取りで、聴覚があるように見えたはず。


 だから、後は、組織に指示された任務をこなすだけ。


「……」


 白の銃ビアンカを背にしまい、黒の銃ネロを右手で握る。


 残弾はゼロ。悪因装填ローディングは、受動的にしか弾を用意できない。


 だけど、能動的に攻めるための能力は、別に用意してあった。


自因装填チャージング

 

 鎧が内側に牙をむき、右腕に針が注射される。


 そこで生じた血を鎧に吸わせ、赤い弾倉を一つ作成。


 ネロにそのまま装填し、自らスライドを引き、狙いを定める。


 自因装填チャージング――自傷ダメージによって作成される、ネロ専用の弾丸と弾倉。


「……お喋りはこれで終わり。悪いけど、ここで死んでもらうわ」


 リーチェは引き金に手をかけ、放つ、放つ、放つ。

 

 自因装填チャージングで補充されたこの赤い弾は、ただの弾じゃない。


 直径12mm弱ほどある弾丸が、撃鉄による発火と共に、炎を纏う。


 炎閃。幾多の炎を纏う弾丸が空を裂き、敵に目がけて、迫る、迫る、迫る。


『――っ! お嬢、正面右手から聖遺物レリック反応!』


 轟音。突如、発生した衝撃波に、弾道が変わり、壁に着弾。


 炎はあっけなく消え、放った弾丸は、完全に無力化されていた。


(……本命のご登場のようね)


 リーチェはすぐさま、右手の非常口に注意を払う。


 すると、そこから一匹の黒い蝙蝠が現れ、男の肩に止まった。


『蝙蝠、てぇことは、反響定位エコロケーションだ。だから反応が鈍かったのか……』


 反響定位エコロケーション――超音波を飛ばし、音の反響で周囲の情報を探ること。

 

 それを逆手に利用して、位置を特定されないように少し工夫したようね。

 

 さっきの攻撃は、超音波の周波数を限りなく高めて、飛ばしてきたってところ。


「持たざる者よ、等しく首を捧げて、慚愧の至りで朽ち果てよ」


 すると、男は詠唱終え、蝙蝠は白く発光。


 白と銀の一対の細身なナイフへと変化していく。


(武器化……。白と銀……。60%でこれなら、まさか……っ!)


 見えたのは、白銀の鎧の確かな面影。


 武器化は、次点の鎧に色彩が近い傾向がある。


 つまり、鎧化すれば、白銀に至る可能性は十分あった。


『来るぞ! 今は戦いに集中しろ!』


 フェンリルも白銀である可能性に、恐らく気付いてる。 

 

 でも、負けたら正体は分からないまま。戦って確かめるしかない。


「……参ります」


 一瞬の動揺。その隙に、刃物傷の男は両手のナイフを打ち鳴らす。


 すると、ナイフ同士が共鳴し合い、そこから生じたのは、音の衝撃波。


 廊下中を削り取るようにして、愚直と言っていいほど真っすぐ驀進してくる。


(さっきより、速い。……でも、あの程度なら受けられる)


 すぐさま、リーチェは左手を突き出し、受け止める体勢を取る。


「――」


 直後、接触。生き急ぐような音の衝撃波が左手にぶつかる。


 音は聞こえない。代わりに、勢いが衰え、消える様が見えた。


 見立て通り、この鎧を打ち破れるほどの威力はなかったようね。


(さて、これでダメージの貯蔵もできたし、次でケリを――)


 突き出した左手を下ろし、意識を前に向ける。


 今頃、あの男は絶望に染まる表情を浮かべているはず。


(やられた……)


 だけど、すぐに異変に気付く。


 相手の表情なんて見えやしない。


(狙いは、私じゃない……照明っ!)


 天井の照明がことごとく砕け散り、辺りは暗闇に包まれていた。


 それも反響定位エコロケーションを扱えるなら、ここは相手の独壇場と言ってもいい。


 状況は一転して最悪。緊迫感が増していくのを、肌でひしひしと感じた。


「――」


 そう思考した瞬間、暗闇がほんのわずかに揺らめいた。


「――っ!?」


 とっさの判断で、後方に身を逸らす。


 当たったり、かすめた感触はまるでない。


 それなのに、腹部が焼けるように熱くなった。


(被弾、した……? どういうこと、敵の攻撃は当たってないはず)


 鎧の防御を打ち破るほどの確かなダメージ。


 さっきの衝撃波程度なら、びくともしないはずなのに。


『鎧に何かが軽くかすった。気を付けろ! 次、半端に受ければ死ぬぞ!』


 そんな中、フェンリルの鬼気迫る声が、頭に響いた。


 濃厚な死の気配を感じながら、リーチェは冷静に思考を回す。


(能力は音。得物はナイフ。音の本質は空気の振動。ナイフの本質は近接)


 一つ一つ状況を整理し、考えをまとめていく。


 すると、すぐに頭の血流が冴え、閃くものがあった。


(――音の反響ね。ナイフを当てれば鎧の内側に音が反響し、肉体にだけ届く)


 それが、相手の必殺。防御不可の音の一撃。


 恐らく、相手は次も距離を詰め、とどめを刺しにくる。


因果増幅ブースティング


 結論を出したリーチェは、敵を終焉に導く呪文を唱える。


 直後、予想通り、暗闇がわずかに揺らめく。迫るは、必殺の一撃。


焦熱地獄インフェルノアーデント


 必殺には必殺を。リーチェは揺らぐ暗闇に向けて、静かに引き金を絞った。

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