第4話 殲滅任務②
アメリカ。ニューヨーク。マンハッタン十番街通り。
ナイトクラブ『ディーノ』では、盛況な音楽が鳴り響く。
メインホールは満員で、若者たちが音楽に合わせ、踊り狂う。
そこから離れたエレベーターホールには、白スーツの集団がいた。
物々しい雰囲気を醸し出しており、短機関銃を手に持つ人物も見える。
「取引の準備は、どうなってる」
その内の一人。右目に眼帯をつけた、小太りの男が口を開く。
手には懐から取り出した葉巻を持ち、火をつけろと言わんばかりだった。
「滞りなく、場は整っております」
すると、集団の一人。褐色の肌に、左頬には刃物傷がある男が返事をする。
手にはナイフを持ち、葉巻の先を切断。流れるようにライターで火を灯した。
「……ふぅ。それでも警戒は怠るなよ。些細なことがあればすぐ報告しろ」
葉巻を味わいながら、煙を吐き、小太りの男は告げる。
顔は真剣そのもので、気を抜いている様子は一切なかった。
「でしたら一つ、お耳に入れておきたい情報があるのですが……」
すると、刃物傷の男は遠慮気味にしながらも、進言していく。
本来なら、いちいち口にするまでもない情報。といった感じだった。
小太りの男は「変な遠慮はするな。いいから話してみろ」と話を促していた。
「表で若い娼婦がカモラ様との面会を希望されておりますが、どうされますか」
刃物傷の男は、ナイフの腹を指でなぞりながら尋ねる。
本来なら、聞くまでもなく処理していた。と言わんばかりだ。
実際、取引当日に身元のしれない娼婦なんて、中に通すわけがない。
「……構わん。通してやれ」
しかし、意外にも小太りの男は寛大な指示を飛ばし、エレベーターは到着した。
◇◇◇
赤いネオンの光が、夜の十番街を照らしている。
ナイトクラブ『ディーノ』の裏口に、リーチェはいた。
人通りはなく、路地は狭く、従業員用の扉と、通気口が見える。
『よっと、見て来てやったぜ、お嬢』
すると、通気口から顔を出したのは、一匹の白い兎。
頭には、聞き馴染みのある陽気な男性の声が響いてくる。
兎の名はフェンリル。思念で意思疎通ができる
「思ったより早かったのね。ご苦労様。状況は?」
リーチェはニット帽を外し、フェンリルを頭で受け止め、尋ねる。
そして、そのまま兎の姿を隠すように、ニット帽を頭に被っていった。
『上々よ。今から見てきた情報を送るから、目を閉じてくれ』
リーチェは言われた通り、目を閉じ、意識を集中させると頭に入ってくる。
建物の構造。標的の位置。配置された敵の数。フェンリルが見聞きした情報が。
「一階エレベーター前に見張りが一人、地下二階に一人。地下四階には八人」
目を閉じたまま、最優先である敵の情報に意識を傾ける。
任務はボス以外を殲滅してあげること。民間人は巻き込めない。
だからこそ、これから戦う可能性がある、敵の数の把握は必須だった。
『あぁ。敵は十人ってところだな。……ただ、お嬢も聞いたと思うが』
すると、フェンリルは相槌を打ちながら、念押ししてくる。
標的と側近との会話の内容から考えて、その意味はすぐに分かった。
「予定にない娼婦のことでしょ。分かってる。殺さないよう善処するわ」
リーチェは無表情で、そう語りながら、裏口に手をかけた。
◇◇◇
ナイトクラブ『ディーノ』地下四階。VIPルーム。
部屋は薄暗く、紫色のライトが辺りを淡く照らしている。
室内には、ロングシートのソファやキングサイズのベッドがある。
シャワールームやバーカウンターも完備され、最高級の居心地を堪能できる。
「おっ邪魔しまーす!」
白を基調とした両開きの扉が、バタンと乱雑に開かれる。
威勢よく入ってきたのは、白いワンピースを着た金髪の少女。
髪は短くボサボサ。手には黒色のシャンパンボトルを持っている。
年はどう高く見積もっても十代前半。若いというより、幼いが正しい。
女でも抱いて、緊張をほぐそうかと思ったが、とんだ外れを引いたようだ。
「チェンジだ。とっとと帰れ。ガキに興味はない」
少女をじっと見つめ、手を払いのけるように告げたのは、カモラだった。
コの字状の白いソファの中央に座り、テーブルには葉巻と灰皿とライター。
今日開けたばかりの葉巻は、すでに、二分の一まで目減りしてしまっている。
「わっかりましたー。シャワー借りますねー。あ、これ、お土産です」
少女はシャンパンボトルを地面に置き、シャワールームに颯爽と消える。
強引にもほどがある。金を巻き上げられればなんでもいいと思うタイプだ。
幼い娼婦はスラム育ちが多いと聞くが、まさに、といった育ちの悪さだった。
「……はぁ。大事な取引の前に、面倒なやつがきたもんだ」
カモラは深くため息をつき、頭を抱える。
前回に引き続き、今回も雲行きが怪しくなっていった。
◇◇◇
ナイトクラブ『ディーノ』内、メインホール。
裏口から潜入して、ここまで何事もなくたどり着く。
中は人で溢れ、音楽が響き、酒や薬の匂いが充満していた。
『ここまでトラブルなし、と。
フェンリルはニット帽の中で、楽観的な反応を見せていた。
一方、リーチェの表情は険しく、話を聞き流して辺りを見回していた。
「……待って、嫌な感じがする。反応はない?」
入ってからどうも、調子が上がらない。
体には、べったりとした気持ち悪さがあった。
まるで、大蛇に丸吞みされて胃の中にいるような気分。
『――さすがだな、お嬢。
やっぱり、予想は当たったみたい。
フェンリルは思念で
敵が
「ありがと。また何か分かったら教えて」
感謝を告げ、リーチェは辺りを改めて観察していく。
反応が出たということは、攻撃が始まっている可能性が高い。
警戒しておかないと、一瞬で決着がついてしまう結末も十分あり得た。
(……ここの客、何か様子が変ね)
入念に探っていくうちに、この場にいる客の違和感に気付く。
目には生気がなく、操られた人形のような行動をしているように見えた。
(やっぱり、おかしい。この場にある何かがきっかけで人を操っている……?)
異能力による攻撃がある前提で、仮説を立てる。
(今、場にあるのは空気、酒、薬、音。この中で、一番、妥当なのは……)
空気感染は、見張りがマスクを着用していない時点で違う。
酒や薬は、室内にいる全員に影響を及ぼすほどのものじゃない。
消去法で考察を進めていくと、答えは自ずと一つに絞られていった。
(――音)
音なら、味方に防音対策を施せば、敵だけに効力がある。
侵入者がいても一階で足止めできるし、地下まで音は届かない。
それにここはナイトクラブ。音をいくら響かせようと何の問題もない。
「――っ!」
そう考えていると、突然、頭痛が走った。悠長に考察する暇はないみたい。
『おい、どうした、お嬢。大丈夫か!?』
「今は平気。それより、敵は恐らく音で人を操ってる」
『……そうか、このバカでけぇ音楽が元凶か! でも、どうすんだ』
フェンリルは、悪い状況を受け止めた上で、聞き返してくる。
普通なら退却するのがベスト。このまま突っ込むのは、普通じゃない。
「こうする」
だけど、
懐から取り出したのは、一枚の黒いハンカチ。
それを手で破き、口に含んで湿らせ、耳に詰める。
すると、頭痛は収まり、行動に支障はなさそうだった。
『布地で音を遮断か。見事だねぇ』
「でも完全じゃない。急がないと」
ただ、今は大丈夫でも、今後どうなるか分からない。
このまま長居すれば、操られてしまう可能性は十分あった。
だからこそ、早期決着が望ましい。油を売ってる時間なんかない。
すぐさまリーチェは、意思のない人の隙間を、縫うように駆けていった。
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