第3話 殲滅任務①


 12月13日。マンハッタンの南端にある黒い教会。


 月明かりの光が、ステンドグラスから差し込んでいる。


 教会内で等間隔に並んでいる、黒い長椅子に信徒の姿はない。


 代わりに、正面奥にある黒い教壇の前。そこには二人の男女がいた。


「リーチェ、調子はどうだ?」


 教壇の前に立っているのは、短い白髪に老けた顔の男。


 黒のサングラスに黒の司祭服を着た、神父は偉そうに尋ねる。


「まぁまぁね」


 教壇越しに向かい合うのは、尖った耳に長い銀髪の少女。


 黒のニット帽に黒のロングコートを着た、リーチェは答えた。


「そうか。なら、いい。……こいつが今回の標的だ」


 神父は懐を探り、目の前の黒い教壇に、写真と45口径の自動拳銃を置いた。


 写真には、黒髪の中年男が写っている。右目には眼帯、腹はかなり肥えていた。


(この顔、どこかで……)


 見覚えがあるような、ないような顔だった。


 一つ分かるのは、どう見てもカタギじゃないってこと。


「名はカモラ・マランツァーノ。マランツァーノファミリーのボスだ」


 すると、神父は続けて説明を重ねる。


 ほら、やっぱり。思った通りの人だった。


 マフィアには、あんまり興味ないんだけどな。


「……それで?」


 いまいち気乗りのしない相手に、声のトーンが低くなる。


 それでも呼ばれた以上は、断れない。ひとまず話を聞くしかなかった。


「こいつが表向きに十番街通りで経営する店。ナイトクラブ『ディーノ』で、昨日、武器取引があると聞きつけ、代理者エージェントを四人ほど送り込んだが、全て返り討ちに遭った。裏では、白教が関与していたとの情報もある。……つまり」


 神父は必要な情報だけ語り、全体像が見えてくる。


 胸が高鳴ってくるのを感じる。これ以上は聞くまでもない。


「――聖遺物レリック


 白銀色の瞳に確かな熱を込めながら、リーチェは冷たく言った。


 聖遺物レリックは、千年前に白銀の鎧が遺した、異能の力を秘める隕石の欠片。


 それを使えば、頭の悪いマフィアでも、代理者エージェントを圧倒することは可能だった。


「そうだ。だから、お前の……。殲滅者エリミネーターの出番というわけだ」


 殲滅者エリミネーターは、特定分野に特化した殺し屋のこと。


 聖遺物レリック特化には聖遺物レリック絡みの任務が、寄ってくる。


 白銀の行方を探すこっちにとっては都合が良かった。


「……標的は殺したらいいのよね?」


 リーチェは早速、置かれた写真を懐にしまい、自動拳銃を手に取る。


 スライドを引き、薬室と弾倉と動作を見ながら、最終確認をしていく。


「いや、生かせ。標的以外の殲滅が目的だ」


 ただ、意外にもいつもとは逆の任務内容だった。


 珍しい。標的以外を生かすなんて、任務があるなんて。


「了解。顔を覚えておくのは一人で十分、ってわけね」


 まぁ、ともかく、これで任務の内容は理解した。


 懐に銃をしまい、神父から背を向け、去ろうとする。 


「そういうわけだ。それと、分かっているとは思うが――」


 そこに神父は、声をかけてくる。


 続きはいちいち聞かなくても分かる。


「部外者に素顔を見られたら殺せ、でしょ? ……分かってる」


 言われるまでもなく、リーチェは答え、教会を去っていく。


 その表情はどこまでも暗く、その瞳はどこまでも濁っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る