第1章 復讐のリーチェ

第1話 潜入任務①

 

 アメリカ。ニューヨーク。マンハッタン某所の地下に位置する場所。


 12月12日。と書かれたホワイトボードがある、ブリーフィングルーム。


 黒い内装の四角い室内に、中には長テーブルとパイプ椅子が並んでいる。

 

「こら! ダンテ、聞いてるの?」


 声を響かせたのは、ホワイトボードの前に立つ白い修道服を着た少女。


 長い白色の髪に、背は140cmほど。年の割には発育のいい体をしている。


 そんな彼女の手にはマジックペンがあり、それを不満げに今、放り投げた。


「るっせーな、聞いてるよ。これから変装するやつが属してる宗教の復習だろ」


 マジックペンは真っすぐ標的に迫るも、外れてしまう。


 避けたのは、黒と銀の二色髪に、白い司祭服を着た少年ダンテ。


 長テーブルに腰かけており、老人顔のマスクをくるくると手で回していた。


「聞いてたなら、言ってみて。白教の歴史と教義について!」


 避けられたのが不服なのか、彼女は肩を怒らせながら告げる。


 ただの八つ当たりだった。別に無視したわけでもないんだがな。


 まぁ、怒ってるんなら仕方ない。復習も兼ねて付き合ってやるか。


「へいへい。白教の発足は今から約千年前。イタリアのシチリア島にいた邪教徒たちに天罰として隕石を落とし、世界を救ったとされる白き神を主として信仰する、世界最大の宗教団体。教義は白き神を再臨させ、永遠の国を作り上げること」


 ダンテは、すらすらと言われたことを一言一句違えず、答える。


 話を振った当の本人は、「ふんふん」と頷きながら、聞き入っていた。


「……ふん、正解よ。じゃあ、次に、近々行われる千年祭の詳細と日程は?」


 ただ、答えられたのが不満だったらしい。


 こっちが間違って、ほらね、聞いてなかった。


 と言うための、面倒な講義を続けようとしていた。


「あー、そんなの聞かれるわけないだろ! ……それより」


 そんな自分勝手な憂さ晴らしに、付き合ってやるわけがない。


 ダンテはおもむろに机から立ち上がり、彼女の近くまで詰め寄った。


「ん? なに?」


 突飛に行動に、怪訝そうな顔をして、警戒心を強めている。


 腹いせに、喧嘩でも吹っ掛けられるとでも思ってるんだろう。


「少し体をあっためないか?」


 だからこそ、目と目を合わせ、大真面目な顔をして言ってやった。


「……え、それって」


 すると、こいつの頬は、真っ赤に染まっている。


 分かりやすいやつ。今頃、脳内は桃色ってところか。


「なに変な妄想してんだよ、エロ女。組手だよ、組手」


 説明するのは得意でも、言葉を読み解くのは苦手らしい。


 都合のいいように解釈する理想主義者に、現実を教えてやった。


「……っ! だぁれぇがぁ、エロ女ですってぇ……っ!!」


 こいつの腕はぷるぷると震え、組み手の準備は万端。


 言い終わる頃には、渾身の右フックをかましてきやがった。


「相変わらず、いいパンチしてるな。潜入より殲滅の方が適性あるんじゃね?」

 

 ダンテはそれを、難なく腕でガードし、最大限の褒め言葉を述べる。


「なにをーっ!!!」


 その言葉が引き金となって、本格的な組手が始まった。


 拳と拳。蹴りと蹴り。肘と肘。膝と膝が小気味よくぶつかり合う。


「おっ、やってるやってる」


 そんな時、部屋に入ってきたのは、糸目で青髪の青年。


 特に慌てる様子もなく、むしろ、好意的な反応を見せていた。


「痴話げんかはその辺にしといて、潜入経路と作戦の確認をするよー」 

 

 その後ろには、小柄で桃色の髪を短いツインテールにした少女。


 二人とも工事業者に変装するため、すでに紺色の作業服を着ている。


 そいつは抱えた紙――見取り図をホワイトボードに広げ、磁石で止めた。


「ちょっと待ってくれ、今、いいところ――」


 それを横目で見てたせいか、ほんの一瞬、気が逸れる。


 雑魚相手なら些細な問題だ。だけど、相手は雑魚じゃない。


「どりゃあああっ!!!」


 という豪快な叫び声と共に、拳骨が飛んでくる。


 マッハパンチ。とはいかないまでもそれに迫る速度。


 遅れて身を逸らし、なんとか間一髪で避けようとするが。


「がっ!!!!」


 ゴン。という痛々しい音と共に、拳は脳天に直撃。


 魂が抜けるようにふっと力が抜け、体はバタンと倒れていった。


「ふぅ……。どう? これで、少しはあったまった?」


 ロウソクの火を消すように、少女は拳に息を吹きかける。


 そして、晴れやかな顔をして、うつ伏せ状態のダンテに問うた。


「……」

 

 しかし、返事はなく、体はぐったりとしていて動かない。


「おーい、ダンテ、聞いてる?」


 再度、少女は問いかける。


「……」


 しかし、返事はなく、気まずい空気が漂う。


「どうせ死んだフリなんでしょっと」


 そこで少女は、ダンテの体を、足で乱雑に蹴り上げる。


 ぐりんと体は回転し、見えなかった表情が明らかになっていった。


「……あ、やっば」


 少女の顔は引きつり、表情から余裕が消えていく。


 見えたのは、口から泡を吹き出す、不運な男の姿だった。


 ◇◇◇


 アメリカ。マンハッタン。夜の十番街通り。


 辺りには、高層マンションや商業施設が立ち並んでいる。


 通りの中央にある道路は車の交通量が多く、せかせかした雰囲気がある。


「やりすぎだ、馬鹿」


 通りの隅。舗装された歩道を歩くのは二人の男女。


 老人顔に白い司祭服を着たダンテは、頭をさすりながらぼやく。


 発する声は、マスクの裏に仕込まれた変声機のおかげもあり、しゃがれていた。


「ごめん……」


 謝るのは、気絶させた張本人。


 白い修道服を着た、白髪の少女だった。


「お前のせいで時間ギリギリなんだ。責任もって口で説明しろよ」


 アクシデントと言えばアクシデントだった。


 ただ、こんな不幸は、こいつといれば日常茶飯事。


 頭がガンガンするだけで、任務に支障はなさそうだった。


「……聞かれたら、まずいんじゃ?」


 すると、こいつは、見当違いなことを言ってくる。


 任務の目的を知らないで、どうやって潜入しろってんだよ。


「こんな老人と、若い女の会話なんて誰も聞いてねーよ」


 と喉元まで出かかるも、冷静に会話を進めていく。

 

 怒りを買って、気絶させられたら即任務失敗だからな。


「それもそっか。……作戦の目的は、武器取引を阻止すること。なんでも、白教が武器を持ち込んで、マフィアに売りつける予定みたい。止めたい理由は、組織のナワバリで堂々と取引されると勢力の均衡が崩れるから、だってさ」


 すると、こいつは納得し、淡々と任務の内容を説明していく。


 白教とマフィアの武器取引。それを白教になりすまして、止める。


 いたってシンプルな内容だったが、潜入しがいのある任務とも言える。


「だから、白教の司教に変装して、マフィアに一泡吹かせてやるってわけか」


 バシッと拳を手に打ちつけ、ダンテは気合を入れていく。


 仕入れた知識が役に立つ気がして、俄然やる気が湧いてきた。


「そういうこと。そして、私は司教様に奉仕する修道女でございます」


 一方、こいつは胸に手を当て、品行方正な修道女を演じている。


 正直、違和感しかなかったが、初見の相手なら恐らく騙せるだろう。


「……取引現場は聖堂か?」


 特に突っ込むことはなく、ダンテは淡々と話を進める。


 白教と言えば、聖堂。怪しい取引にはもってこいの場所だ。


「いえ、あちらでございます」


 ただ、どうやら予想は外れたらしい。


 手で示された先には、ナイトクラブが見える。


 建物周辺には、仮装する若者の人だかりができていた。


 ヒーローに、吸血鬼に、魔法使いと季節外れのハロウィンらしい。


「これじゃあ、ただのコスプレだな」

 

 そこにやってきたのは、仮装した司教と修道女。


 仮装には仮装。いや、偽物には偽物が惹かれ合うのかね。


「……かえって都合がいいのではありませんか?」


 そんな時、隣にいる修道女は鋭い指摘をしてくる。


 どうやら、役を演じると、多少は頭が良くなるらしい。


「お前にしてはまともな発言だな。よし、このまま堂々と乗り込むぞ!」


 幸先の良さを感じながら、ダンテはナイトクラブに足を向ける。


 隣の修道女は、その後ろを黙って追従し、二人の潜入任務が始まった。

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