二一章 作品づくりで盛り上がる

 「ふっふっふっ。それではいよいよ今回のメインイベントと行こうか」

 あきらがいかにもな笑い声をあげた。浮かぶ笑顔は『悪の秘密結社の首領』そのもの。外見だけはお人形のように可愛らしいので、こんな表情を浮かべるといわゆる『ロリババア』風になっていかにもそれっぽい。

 「見よ! これが赤岩あかいわあきらの最新作! クリエイターズカフェを勝利に導く大傑作長編だ!」

 と、あきらはまるで舞台の上で見得を切るマジシャンのような態度で原稿の束を取り出した。その背に吹き荒れる花吹雪が見えるよう。それぐらい大仰で芝居がかった態度だった。もっとも、あきら本人は意識しているわけではなく、ごく自然に振る舞うだけでそうなるのだが。

 各種コンテンツを無料で提供して客を呼び、カフェの売り上げで利益を得る。

 それがクリエイターズカフェのコンセプト。魅力的なコンテンツがなければはじまらない。と言うわけで、あきらと森也しんや、ふたりの新作を持ち寄って互いに読み会い、意見交換しようと言うのだった。

 「わあっ、赤岩あきらの新作!」と、あきらファンのつかさが歓声をあげる。オーバーアクションの喜び方がいかにもあざとい部活女子マネ系女子という感じなのだが、つかさの場合は天然らしい。あざとさ大歓迎のあきらが文字通りの左うちわでふんぞり返る。

 「はっはっはっはっ! 愛いやつ、愛いやつ。存分に喜ぶがよいぞ。赤岩あきら渾身の一作だからな」と、殿さま気分ですっかり上機嫌。どこまでも安っぽい売れっ子マンガ家なのであった。

 「オレも読んでいいのか?」と、原稿のコピーを受け取った瀬奈せなが尋ねた。建築担当であり、特に漫画ファンでもない瀬奈はこの場面ではむしろ部外者。そう尋ねるのも無理はない。答えたのは森也だった。自分も原稿のコピーを受け取りながらうなずいた。

 「もちろんだ。変にすれた玄人読者より、素人の意見のほうが貴重だからな。ほら、さくら。お前も」

 「あ、うん……」

 さくらは森也から原稿のコピーを渡され、素直に受け取った。とは言え、瀬奈以上にマンガには縁のない身。マンガを読んでの意見交換とか言われてもどうしたらいいのかわからないのだが。

 ――あたし、ここにいる意味あるの?

 ついついそう思ってしまうさくらだった。

 「『世界の欠片のゼン』か」

 森也が原稿をめくりながらタイトルを読みあげた。

 「もう第一回の原稿が完成してるのか。おまけに、今後のストーリー展開にキャラの設定表まで。お前にしてはやけに仕事が早いな。らしくもない」

 「ふふん、今回はいつもと気合がちがうのだ、気合が。筆の乗りもいつもとはひと味ちがうと言うわけだ」と、あきらはドヤ顔でふんぞり返る。

 「それに、今回はこの菜の花なのかお姉さまがアシスタントとして入ったからね。仕事も早くなるわけよ」と、こちらもあきらに負けず劣らずの態度でふんぞり返る菜の花だった。

 「気合いで原稿あげられるんならいつもそうしろよ」と、いつもいつも〆切を余裕でぶっちぎったあとの追い上げ作業に呼ばれ、強制的にデスマーチに参加させられる立場の森也が言った。とりあえず原稿をめくり、内容を確かめる。

 

 『世界の欠片のゼン』


 異界の神々によって世界を構成する四八のパーツを奪われ、滅亡に瀕している『骨の大海』。主人公の少年ゼンはその世界との交感によって生まれたため、自らも身体を構成する四八のパーツを失った姿で生まれてきた。剣も、魔法も使えず、自分ひとりでは戦う術はおろか、生きる術すらもたない無力な少年ゼン。

 しかし、ゼンは海に捨てられた自分をひろい、育ててくれた海賊団の力をかり、自分自身と世界とを取り戻すために異界の神々との戦いを決意する……というストーリー。

 第一話では自分を育ててくれた先代団長が謎の死を遂げ、ゼンが新しい団長として皆に認められるまでが六〇ページほどを費やして描かれていた。いかにも赤岩あきら作品らしく登場人物は皆、まっすぐで生きがいいし、バトルも迫力満点。たしかに、人気は出るだろう。しかし――。

 「……『海賊ヴァン!』と何がちがうんだ?」

 「気合がちがうのだ、気合が」

 森也の問いに対するそれが、あきらの答えだった。

 「何しろ、今度は一切の制約なし、わたしの情熱の赴くままに描きまくれるんだからな。古今東西に類を見ない超傑作冒険マンガになるぞ」

 『ふっふっふっ』と、地獄の底から響き渡るような不気味な笑いとともに目を暗く光らせるあきらだった。

 ――怖いぞ、お前。

 森也でさえそう思う迫力。マンガに対する情熱はわかるが、ここまでくると変態である。

 原稿には詳細なキャラ設定表も添付されていた。主人公はもちろん、海賊団の仲間たち、『骨の大海』に生息するモンスターにいたるまで、身長・体重からスリーサイズ、髪の毛や目、肌の色まで詳細に描かれている。このあたりはさすがにアニメ制作に慣れているだけあってビジュアル化のツボを心得ている。

 「わあ、この主人公の男の子、格好いい。ヒロインの女の子もかわいいし」

 「ほんと、よくこんな絵が描けるわよね。いつも感心するわ」

 つかさが声をあげ、瀬奈が呟く。

 このふたりの場合、完全に読者としての立場なので自然な感想以上のものにはなり得ない。それだけに、プロのマンガ家にとっては貴重な意見だった。何しろ、実際の読者と同じ反応を聞けるのだからこれ以上のマーケティングはない。

 「どうだ、藍条? わたしの渾身の新作に何か文句があるか?」

 まさか、と、森也は両手をあげて降参した。

 「累計二〇万部のマンガ家が三〇〇〇万部のマンガ家に対して言えることなど何もない。好きなようにやってくれ」

 「そうだろう、そうだろう。わたしの勝ちだ、わっはっはっはっ!」と、意味不明の勝ちどきをあげるあきらであった。

 「それで、お前はどうなんだ? 遅れずにちゃんと仕上げてきたんだろうな?」

 「言う側と言われる側が逆だろうが」と、森也。

 デビュー以来、締め切りを一度も守ったことのないあきらと、毎回必ず守ってきた森也。たしかに、言う側と言われる側が逆にちがいない。

 森也は黙って自分の作品のコピーを取り出した。全員に手渡す。

 「わあっ、藍条森也の新作!」と、つかさがはしゃぎ声をあげることはなかった。そもそも、森也がマンガ家であることにも気付かなかったのだから無理はない。

 森也も自分の知名度の低さは承知しているので何も言わない。黙って、原稿を渡し続ける。

 タイトルは『セイジの手作りの国』。

 自分が栄えることで周りを成長させていく樹木型文明が普及した未来の地球。その世界で自らの手作りの国を営む少女セイジを主人公にした日常もの。

 「おおっ! 美少女主人公ものか。ど真ん中の王道だな」

 「しかも、最近はやりの異世界日常。あんたにしてはあざとい内容なんじゃないの?」

 あきらが声をあげ、菜の花が尋ねる。森也は肩をすくめて答えて見せた。

 「まあ、人気が出ないと世界に広めることもできないわけだからな。それぐらいは計算するさ。キャラとストーリーは受け狙いでも背景となる世界観そのものはおれの望む世界を描いている。その点で問題はない」

 「でも、馴染みのない世界をいきなり描かれてもわかりづらいんじゃない? 最初のうちは少しずつ描いていった方がいい気がするけど?」と、菜の花。

 「そこはおれも考えた。一歩いっぽ作っていく姿を描こうかともな。その方が説明もしやすいわけだし。しかし、とにかく最初に完成図を描いてみせることにした。今回、打ち切りの心配はないんだから馴染むまでじっくり時間をかけて描けるし、興味をもたれれば設定資料集を出すなどして対応できるからな」

 「ふむ、なるほど」

 そう呟きながらあきらはページをめくっていく。マンガを見るときはさすがに売れっ子マンガ家らしく、真剣でしかも、厳しい表情だ。

 「ストーリーは堅実かつ王道、けれんみのないど真ん中。基本に忠実なお前らしいな」

 「未来世界の設定もこまかいところまでよく作り込んであるわね。いつものことだけど、この辺りの無駄な凝り性振りには感心するわ」

 あきらと菜の花が褒めているのか、揶揄しているのかよくわからないことを口にする。一方、瀬奈とつかさは原稿を見ながら表情を曇らせている。

 「でも、これって……」

 「……うん。なんて言うか」

 四人は口をそろえて言った。

 「主人公の女の子が可愛くない」

 その言葉に森也はむしろ納得したようだった。『やっぱりか』と、ため息交じりに答える。

 「あ、その、可愛くないって言っても見た目はちゃんと可愛いのよ? でも、何て言うか……ねえ?」

 つかさが困ったような表情で口を濁すと、そのあとを瀬奈が引き取った。

 「……性格が可愛くない。なんか理屈ばっかりって気がするし」

 「そう。まるでロボットだ。他のキャラとの掛け合いも自然な会話になっていない。お前の欠点がまともに出ているな。この欠点がある限り、お前は売れっ子にはなれないぞ」

 あきらもそうつづけた。

 他人の欠点をここまではっきり指摘できるのはむしろ、あきらの長所と言うべきだろう。芸人にとって批判は宝の山。批判されてこそ欠点を直し、長所を伸ばすことができる。森也はそのことを知っているので酷評されたからと言って気分を害したり、落ち込んだりはしない。そもそも、悪く言われるのは物心付いたときからのことで慣れている。肩をすくめてその批判を受け入れた。

 「まあ、おれもそうだと思っていたんだが……おれが描くとどうしてもそうなるんだよな。感情より理屈、自然さより説明。気をつけてはいるんだが、どうしてもそうなる」

 森也はふいにさくらを見た。さくらは思わずドキッとした。

 「お前はどうだ? 何か意見はあるか?」

 「あ、とくには……」

 いきなり問われてさくらはそんな答え方しか出来なかった。親の手前、ずっと優等生を演じてきた身。マンガだってろくに読んだことはない。気の利いた感想なんて言えるわけがない。

 ――兄さんが困っているのに、あたし、何の役にも立てない。

 そう思い、内心で落ち込むさくらだった。

 菜の花が溜め息交じりに言った。

 「これはもう、どうしようもないのかもね。やっぱりあんた、原作に徹してマンガは他の誰か、もっとキャラ作りのうまい人に描いてもらったら? あんたはストーリーとアイディアはいいんだからその方が売れると思うわよ?」

 「そうだな。他人と組むなんて面倒だからいままで避けてきたが。この際は考えるべきかもな。しかし、適切な相手がいるか? マンガ界におけるおれの立場は弱い。売れっ子はもちろん、そこそこというレベルの相手だっておれの言うことなんか聞かないぞ。自分の望む世界にもっていこうとするはずだ。それでは意味がない。おれの望む世界をおれの望むように表現できなければクリエイターズカフェを作る意味もないんだからな」

 「それはまあ、そうだろうけど……」

 「おれが主導権を握るためにはデビュー間もない新人か、あるいはいっそデビュー前の卵と組むしかない。しかし、それほどキャラ作りのうまい人間ならすでに人気になっているはずだ。キャラ作りはうまいが実績がなく、しかも、おれの望む世界に共感し、本気で協力してくれる相手。そんな都合のいい人間がいるか?」

 言われて菜の花は腕を組んで頭をひねり、考え込んだ。その苦り切った表情が事態の難しさを示している。

 「う~ん、同人業界に知り合いは多いけど……さすがにそこまでの条件に当てはまる相手はいないかなあ」

 「わたしの知り合いとなるともはや全員、いっぱしのプロだしなあ」

 あきらもそう呟く。もちろん、瀬奈とつかさにそんな都合のいい知り合いなんているわけない。

 ――『あたしがやる!』って、そう言えたらいいんだけど。

 さくらはふとそう思った。

 森也の弱点を補い、森也と共に作品を生み出すパートナー。そんな存在になれたらどんなにいいだろう。でも、無理に決まっている。美術の授業以外では絵を描いたことすらない素人にプロのマンガ家のパートナーなんて務まるわけがない。

 ――あたし……兄さんのもとにやってきた意味あるの?

 深刻にそう疑うさくらだった。

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