二〇章 カフェ談義で盛り上がる(2)

 「建物の作りはそれでいいとして、内装はどうするんだ? 建材の注文とかもあるから早く決めてもらわないと困るぞ」

 瀬奈せなが建築屋の立場からそう質問した。

 「内装に関しては統一はしない」

 それが、森也しんやの答えだった。

 「統一しない?」

 瀬奈はいぶかしげな声をあげると、眉をひそめた。

 森也はひとつうなずいてから説明した。

 「そうだ。うちはただのカフェじゃない。クリエイターズカフェ、創作者たちが集まるカフェだ。だったら、その特色を生かさなきゃ嘘だ。そのために、参加するクリエイター一人ひとりにそれぞれひとつの席を作ってもらう」

 その言葉に――。

 あきらがたちまち嬉しそうな声をあげる。

 「おお、いわゆるデザイナーズホテルというやつだな。自らの情熱の赴くところ、好きなように席をデザインしていいわけだ。それこそクリエイターの本懐、腕の見せ所だな」

 「『好きなように』なんてわけに行くか」

 はしゃぎまわるあきらに対し、森也は釘を刺した。と言うより、ぶっとい杭をハンマーで打ち込んだように思えた。

 「食堂である以上、衛生基準は守らなきゃならない。安全にだって配慮しなければならない。店のイメージというものもあるからそこから離れたデザインを認めるわけにはいかない。禁止事項は幾つもある」

 「だが、それさえ守れば、後は自由なのだろう?」

 ニヤリ、と、笑いながらあきらは言った。森也とはデビュー以来の長い付き合い。言葉の裏の意味はわかっている。

 森也はうなずいた。

 「そういうことだ。

 『禁止されていなければ何でもあり』

 その精神で作ってもらう」

 それぞれのクリエイターの持ち味を存分に生かして作ってもらう。

 森也はそう付け加えた。

 我が意を得たり! と、ばかりにあきらは腕組みしてうなずいた。

 「そうこなくてはな。ふっふっ、腕が鳴るぞお」

 すっかりやる気になって『ほとんど不気味』と言っていい笑いを浮かべるあきらであった。

 「ハイハイハイ!」

 つかさが手をあげながら、ピョンピョン跳びはねるようにして声をあげた。

 「あたしもやっていい⁉」

 はしゃぐような口調で言う。明るさ一二〇パーセントの笑顔といい、子供っぽいオーバーアクションといい、男に『かわいい』と思わせるモテキャラそのもの。やっぱり、『亡き兄の夢を継ぐ』ために伝統工芸の世界に飛び込んだ若き工芸家には見えない。

 「もちろん。お前も立派な『おれたちの国』に参加しているクリエイターなんだからな」

 「やったあっ!」と、大はしゃぎである。

 「それなら、各務彫刻で内装を埋め尽くしたい! あれやこれや、あんな感じで……」

 すでにどんなデザインにするか、頭のなかはそのなかでいっぱいなよう。まだ『少女』と言ってもいいような可愛らしい顔いっぱいに喜びを浮かべ、夢中になって考え込んでいる。森也は改めて釘を刺した。

 「言っておくが、店のイメージというものがあるんだ。そのイメージを貶めるようなものを許可するわけにはいかないからな。何をしてもいいってわけではないぞ」

 「わかってる」と、つかさは途端に真顔になってうなずいた。

 「そんなデザインを作ったら各務彫刻のイメージだって悪くなるもの。これでも、各務彫刻の未来を背負っていると言う自負はあるわ。各務彫刻のイメージダウンになるような真似はしない」

 死んだ兄さんのためにもね。

 つかさはそう付け加えた。

 真剣になるとやはり、態度と言葉の重みがちがう。その姿はたしかに『死んだ兄のために伝統工芸に打ち込む若き工芸家』なのだった。

 「けっこう。それと、つかさ」

 「なに?」

 「食器類も統一せずに色々なバリエーションを用意したい。参加してくれそうな陶芸家にツテはあるか?」

 「食器類も?」と、つかさ。大きな目を、驚きにますます大きくしている。

 「そうだ。クリエイターズカフェは、カフェであると同時に各クリエイターの作品紹介の場であり、展示会場であり、販売会場でもある。店で使う食器類はそのまま販促用の見本でもあるんだ。店に来た客に実際に使ってもらい、気に入ったクリエイターの作を買ってもらう。そのために、食器作りの専門家が必要だ。陶器類だけではなく、ガラス製や木製の食器の作り手も欲しい。もちろん、お前同様、この赤葉に地に来て自分の工房を構えてくれるような人間だ。そんな人間を誘えるか?」

 「あたしはまだまだ新参だからそんなに顔は広くないけど……でも、、師匠に聞けば紹介してもらえるかも。今度、聞いておくわ」

 「ああ、頼む」

 「うん、任せて,おにい!」

 「……なんだ、その『おにい』と言うのは」

 「あ、ごめん。森也さん、何だか本当にお兄ちゃんみたいだから」

 と、ペロリと舌を出して謝って見せるつかさである。

 森也はその態度に思わず頭を抱えた。

 「……恐ろしい子」

 思わずそう呟いたのは瀬奈であった。

 「……まあいい。ところで、菜の花なのか

 気を取り直して森也が言った。

 「なに?」

 「お前、意外と顔は広かったんだよな?」

 弟の言葉に菜の花は頬をふくらませて見せた。

 「意外ってのは何よ、意外ってのは。こう見えても同人業界一〇年選手の大ベテラン。たいていの分野の知り合いにはツテがあるわ」

 「けっこう。なら、石鹸作りで起業しようって言う人間を見つけてくれ」

 「石鹸作り?」

 「そうだ。カフェともなれば大量の石鹸を使う。コインランドリーやシャワールームも設置するとなればなおさらだ。赤葉の産物を使って石鹸を作ってくれる人材が欲しい」

 「おっけー。それじゃ同人業界のツテを探って探しておくわ」

 「頼む。あとは瀬奈」

 「なんだ?」

 「カフェの席と、カラオケルームごとにそれぞれのクリエイターに作ってもらうとなるとどんな材質が必要になるかわからない。そこで……」

 森也が言うよりも早く、瀬奈はパン! と、二の腕を叩いて請け合って見せた。森也相手だとやはり男前な瀬奈である。

 「任せろ! どんな注文を受けてもすぐに卸せるように準備しておく」

 「さすが頼もしいな。よろしく頼む。あとは衣装だな。ウエイトレスの制服も販促用の見本として機能させたい。そのために、衣装作りの人材も確保したいところだが……」

 「それこそ、菜の花お姉さまに任せなさい!」と、菜の花は『唯一の女らしさ』とも言われる大きくふくらんだ胸を叩いて見せた。

 「同人業界だけでなく、コスプレイヤーとしても経歴ウン年! 凄腕コスプレイヤーには仲間がたくさん、いるんだから。衣装作りのプロになりたいって言う知り合いだってちゃんといるわ」

 「そうか。それなら、声をかけておいてくれ。あとは……」

 森也たちはそれぞれに盛りあがりながら話を進めていく。そのなかでさくらひとりは――。

 やはり、蚊帳の外なのだった。

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