一二章 『男友達』じゃいられない!

 「あかね瀬奈せなです。今日から皆さんの仲間にさせていただきます。よろしくお願いします!」

 瀬奈が元気いっぱいに挨拶した。いかにも体育会系らしい、上半身ごと頭をさげての豪快な挨拶だ。と言っても、いまは仲間入りの挨拶と言うことなので営業モード。森也の前で見せる『男友達』感はない。たとえ元気いっぱいでも、ちゃんと妙齢の女性らしく見える立ち居振る舞いである。

 瀬奈の前には森也しんや、さくら、あきら、菜の花なのかの四人がそろっている。赤葉あかば地区の麓、駅前に広がる更地でのことだった。

 「まあ、そう言う訳だ」

 森也が事情に通じていないあきらと菜の花に説明した。

 「いま言ったとおりの事情で瀬奈も『おれたちの国』作りに参加することになった。ま、よろしくしてやってくれ」

 「おう、任せろ!」と、あきらが小さい体いっぱいにこれまた『体育会系魂!』をあふれさせて応えた。薄い胸をこれ以上ないほどそらして、ふんぞり返っている。

 「仲間は大歓迎だ。特に若い美女はな。こちらこそよろしく頼むぞ。建築屋は我々の仲間には必須だからな」

 「ありがとうございます。この茜瀬奈以下茜工務店の従業員全員、茜工務店一二〇年の歴史に懸けて全力で尽くさせていただきます」

 そう言って頭をさげる辺りはやはり、小なりとは言え一企業の頭。これまでの苦労が知れるような営業振りだった。

 「しかし……」と、森也が更地を見た。

 駅前の一等地に、一言で言って『だだっ広い』空間が開いている。

 クリエイターズカフェの用地としてあきらが丸ごと買い取った場所だった。

 「駅前一等地にこれだけの土地が手つかずで放置されているとは、どうかと思うが……いくら値崩れしていたと言っても、これだけの土地を即金で買うとはさすが売れっ子だな」

 「そうだろう、そうだろう。もっと褒めろ。あがめ奉ってもちっとも構わんぞ」と、あきら。ますますふんぞり返る。いっそ、後ろに倒れないのが不思議なほどだ。

 実は背中に見えない妖精でもいて――もちろん、腕ずくで使役されて――倒れないように支えているのかも知れない。そんなことさえ思わせる反っくり返り振りだった。

 森也はその反っくり返り振りは無視して――あきら相手にいちいちこんなことでツッコんでいては切りがないので――話を先に進めた。

 「土地は用意できた。建物は瀬奈に任せておけばいい。あとはスタッフだが……そっちはどうなってるんだ?」

 「任せろ。『ソーシャルコミック』の全連載陣に声をかけた。みんな、快くこちらに移ることを承知したぞ」

 ふん、と、ばかりに鼻を鳴らして自慢するあきらであった。

 森也はさすがにうさん臭い表情になった。

 「全員? いくらお前が声をかけたからと言って、よくそんなことになったな。こっちはまだ何の実績もないって言うのに」

 「それだけお前が信頼されているということだ。胸を張っていいぞ、我が戦友」

 あきらがそう言って我がごとのようにふんぞり返ったのは――。

 『友だち思いのいいところ』と言っていいかどうかは微妙なところだったろう。

 「それに、編集長の灰谷は嫌われているからな。誰もあいつのもとでマンガを描きたいとは思わんさ」

 「まあ、それはわかるな」

 森也もうなずいた。

 『ソーシャルコミック』編集長、灰谷はいたに澄雄すみおは『売れっ子にはペコペコするが、売れないマンガ家相手には威張り散らす』という典型的な『いやな奴』。マンガに出てくる小悪党を現実の世界に出したような人間で、連載マンガ家のほとんどに嫌われている。他に連載の舞台があるならそちらに移るのは、まあ自然と言える。

 「カフェには必須の料理人にも目処が付いたわよ」と、菜の花が言った。こちらも『ふん!』とばかりに鼻息荒く胸を反らしている。

 これがあきらの影響なのか、それとも、もともとの性格なのかは微妙なところ。森也なら『もとからだ』と一言で片付けるだろうけど。

 その森也はと言えば意外なものを見る目付きで姉を見た。

 「目処が付いた? お前にそんな人脈があったのか?」

 嫌味や、皮肉ではなく、本気でそう驚いているので菜の花はたちまち憤慨する。腕組みして頭から湯気を噴きあげながら言った。

 「失礼ね。あんたのお姉さまは同人業界一〇年選手のベテランなのよ。多士済々の人が集まる同人業界で生き抜いてきた身。ちょっと声をかければそれぐらい集まるわよ」

 「なるほど、そうかもな。これは失礼した。よくやってくれた」

 「ふふん、そうでしょう、そうでしょう。優しくて頼りになる菜の花お姉さまにもっと感謝しなさい」

 森也は姉の戯言は無視して、瀬奈に視線を向けた。瀬奈は『まってました!』とばかりに快活な笑顔を浮かべる。

 「と言う訳で人は集まりつつある。次は建物だ。そっちは頼むぞ、瀬奈」

 「おう、任せておけ」と、瀬奈。みんなの前とは言え、森也相手なので『男友達』モードに入っている。

 「茜工務店の歴史と伝統にかけて最高の店を作ってやるさ。そのためにはまず徹底的な打ち合わせが必要だ。覚悟しとけよ。夜討ち朝駆け当たり前、気になることや、聞きたいことがあったら、いつでも押しかけて根掘り葉掘り聞き出してやるからな」

 「歓迎する。いつでも来てくれ」

 森也たちがクリエイターズカフェ開店の話で盛りあがるなか――。

 さくらはひとり、何も言えずにただ黙って立ち尽くしていた。一介の中学生であり、『東大も狙える』と言われるほどの優等生ではあっても社会的なスキルや人脈を一切もたないさくらには、この場で提供できるものが何もない。開店後はウエイトレスとして働くことが決まっているし、現役JKウエイトレスとなれば店の売り上げに貢献することはまちがいない。その意味ではなんら卑下する必要はないのだが……やはり、いま、この場においては自分は『何の役にも立たない子供』なのだと思い知らされる気分だった。

 森也がみんなに言った。

 「肝心の店のデザインについては青写真は出来ている。近いうちに文書とイラストにするから出来上がったら連絡する。瀬奈の事務所で全員、集まって会議することになる。では、今日のところはこれで解散としよう」

 森也の言葉にあきらが『むっ?』と眉をひそめた。

 「解散だと? 何をバカなことを言っている。新しい仲間が増えた、めでたい日ではないか。パアッと打ち上げするのが当たり前だろう」

 「〆切、過ぎてるのにまだコンテもできていないやつが何を言っている。さっさと帰って仕事しろ」

 「何を言う。わたしを誰だと思っている? 天下の赤岩あきらだぞ。〆切など気にはせん」

 またまたふんぞり返ってそう宣言するあきらである。

 日本中の、いや、世界中の『編集』と名の付く人間が呪い殺したくなる姿であったにちがいない。森也は呪いこそしなかったが正論をぶつけた。あるいは、あきらにとってはその方が痛かったかも知れない。

 「お前は気にしなくても編集や印刷所の人間には迷惑がかかるんだ。いいからさっさと帰って仕事しろ。菜の花。アシスタントだろう。さっさと連れ帰れ。ちゃんと監視してろよ」

 「りょ~か~い」と、脳天気に返事を返す菜の花であった。

 あきらはふくれっ面で腕を組んだ。

 「……むう。仕方がない。いまは帰るとしよう。しかし、約束しろ。わたしの仕事が済んだら全員で打ち上げだ。いいな?」

 『いいな?』と一応、疑問形を付けてはいるものの、口調も表情も完全に命令形。この程度のことを気にしていてはあきらとは付き合えない。そのことを熟知している森也は見ない、聞かないことにして受け流した。

 「わかったからさっさと行け。編集はまだしも、印刷所の人間に迷惑かけるな」と、これまた世界中の編集から目の敵にされるようなことを口にして、あきらを追い出した。

 「では、行くぞ、菜の花。我が戦場へ。我が作品を待ち望んでいるすべての読者のために!」

 その言葉と共に――。

 颯爽と身をひるがえし、菜の花を引き連れ、仕事場という名の戦場に向かうあきらであった。

 「……その思いがあるならちゃんと〆切、守れよ」

 という森也の呟きを背に受けながら。

 あとには森也、さくら、瀬奈の三人が残された。森也は瀬奈に向き直った。真剣な表情で言った。

 「瀬奈。改めて言っておく。お前はおれに赤葉の再興を託した。だが、おれを巻き込んだ以上、ただではすまない。赤葉を『世界を舞台に戦える場所』にするために徹底的な改革を行う。はっきり言って惰性に流されているような人間がついてこられるようなものじゃない。そんな人間の説得はお前の役目となる。その点、覚悟はしているんだろうな」

 森也に言われて瀬奈は力強くうなずいた。

 「もちろんだ。お前の望む通りにやってくれ。何の遠慮もいらない。不平不満を言うものは茜家の名にかけて必ずオレが説得してみせる。それより……」

 ニヤリ、と、瀬奈は笑った。その笑みにただならぬものを感じた森也は眉をひそめた。

 「うん?」

 「お前こそ覚悟しておけよ」

 「覚悟? おれが? どういうことだ?」

 「以前のオレは単なる片田舎の建築屋だった。だから、身を引いた。だけど、いまはちがう。いまのオレはお前と一緒に『おれたちの国』を作ろうとしている同志だ。ということは、身を引く理由もなくなったということだ。となれば、オレだっていつまでも『男友達』ではいないってことさ」

 瀬奈はとびきりの笑顔でそう言うと、右手を銃の形にして『バン!』と、音高く森也の胸を撃ち抜いた。そのままいかにも『男友達』な笑顔を残して去って行く。

 胸を撃ち抜かれた森也は『意味不明』という信号を頭の周囲にまき散らしている。さくらに向き直って尋ねてみた。

 「何のことだ、あれは?」

 ゴン、と、さくらは森也の向こうずねを思い切り蹴り上げた。

 「何をする⁉」

 「……バカ」

それがさくらの答えであった。

                

              第二話完。

              第三話につづく。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る