第二話 『おれの前だけ男友達』なアイツの願い
七章 森也の師匠
「さて、
一同を代表して、
ともかく、そのとき、その場にいたのは四人。藍条森也をはじめ、その仕事仲間であり戦友(と、本人は思っている)、赤岩あきら。森也の姉である
「具体的にどうする? どうやって『おれたちの国』を作る?」
あきらのその問いに、森也はあっさりと答えた。それこそ、ファミリーレストランでオーダーを取りに来た店員に答えるように。
「簡単だ。何をするにもまずは金、経済力だ。どんな気高い理想も、どれほど高邁な理念も、金がなければ何にもならない。逆に、金さえあればたいていのことはできる。国を作るときも同じだ。まずは金を稼げる仕組みを作る。その仕組みさえ作ってしまえば後は自動的に出来上がっていく」
「どうやって稼ぐ」
指を突きつけてのあきらの鋭いツッコみにも、森也は動じることなく答えて見せた。
「おれたちはマンガ家だ。だったら、稼ぐ方法もマンガを売る。それが一番、手っ取り早くて確実だ。とくに、赤岩あきら。お前の名前があればな」
そう言われてあきらは『ふん!』とばかりに小さな胸を反らして見せた。
「で、まあ、どうやってマンガを売るかなんだが……前から思っていたんだが、なぜに本というものは本屋で買うと決まっているんだ?」
「なんでって……本が本屋で買うものだからでしょ?」
森也の姉の菜の花がごく当たり前の返事をした。本屋以外のどこで本を買えと言うのか。
森也はその答えにいかにも『青』っぽく、指など振って見せた。
「3Dプリンタの普及によってちょっとした小物なら自分で作るのが当たり前、となりつつある時代だぞ。その時代になぜ、本だけは既製品ばかりを買わされなきゃならない? いまどきのプリンタなら家庭用でも充分な品質での印刷が可能だ。ネット上でデータを売って、印刷・製本は買い手に自分でやってもらえばいい」
「自分で? そんな面倒くさいこと、やる人いる?」
面倒くさがりでいつも『いかに楽ができるか』ばかりを考えている菜の花が心の底から不思議そうな表情で言った。森也の答えははっきりしたものだった。
「やる気にさせるんだよ。そのために、表紙データを売る」
「表紙データ?」と、あきら。
「そうだ。幾つものパターンのカットやロゴを用意して、読者が自分でパーツを選び、全体をデザインし、表紙として制作できるようにする。読者の立場から言うと用紙やインクを買わなくてはいけない分、単価は高くなるし、手間もかかる。しかし、その分、『世界にひとつだけ』のオリジナル本を制作できる。何と言っても、オタクというやつは『限定版』に弱いからな」
「……たしかに」
この言葉にあきらと菜の花はそろってうなずいた。同人活動に精を出していた頃、イベントに出席しては『限定版!』という名前にひかれ、大してちがいもないのに値段だけは高いフィギュアや同人本に手を出しては散財した苦い思い出は、ふたりとも山のようにある。
そのときは『もう買わないぞ!』と誓うのだが、やはり『限定版』の文字を見ると買ってしまう……。
そのための軍資金を得るために手を出したバイトの数は十指にあまる。いまはさすがにそんな買い物はしなくなったが、それは単に仕事がいそがしくてイベントに出かけられないだけのこと。
――もし、いま、イベントに出向く暇があったら……。
『限定』とか『特別』と銘打たれたグッズを山のように買い込み、湯水のように金を使い、散財しまくる自分の姿を想像してしまい、青くなるふたりであった。
「さて。話を整理して最初からきちんと説明しよう。まずは『なぜ、おれたちの国を作るのか』という、その目標からおさらいしよう。それは、『誰もが自分の望む暮らし』を送れるようにするためだ。生まれた国に縛られず、自分で自分の望む暮らしを作りあげ、暮らしていけるようにする。そのために『おれたちの国』を作る。おれたちの手で手本を見せ、世界中に広める。そのために『おれたちの国』を作る。
『おれたちの国』を作るためにまず必要なのは稼ぐ手段。産業なしに成立する国なんてないんだからな。どんな産業を興すかは状況次第だが、おれたちの場合は『マンガを売る』、そこに尽きる。
さて、そこで、現在のマンガ界……と言うより、出版界を取り巻く状況だが、はっきり言ってかなり厳しい。売り上げそのものが落ちている上に海賊版サイトの存在が大きい。そのことは承知しているな?」
「もちろんだ」と、あきら。力を込めてうなずいた。海賊版だろうと何だろうと自分の作品が多くの読者に読まれるのはもちろん、うれしい。反面、自分の作品を勝手に金儲けのために使われるのは腹立たしい。そんな葛藤がある。
森也はつづけた。
「海賊版サイトによる出版業界の損失は莫大なものがある。そのため、出版会は海賊版サイトを潰そうとしている。だが、無駄な抵抗だ。『好きな作品をタダで読める』という誘惑は大きすぎて根絶できるようなものじゃない。いくら潰そうとしたところで後からあとから出てきて根絶など不可能だ。できもしないことをやろうとしていれば、そのために余計な金と時間を費やすことになる。そんなことになれば損失はより一層大きくなる。海賊版サイトを根絶する方法はただひとつ。海賊版サイトと同じことをすることだけだ」
「同じこと? つまり、我々の描いたマンガをタダで読ませると言うことか?」
「そういうことだ」
あきらの問いに森也はうなずいた。菜の花がたちまち悲鳴にも似た叫びをあげる。
「それじゃ、どうやってお金を稼ぐのよ⁉」
タダで読ませてたらあたしのアシスタント料が入らないじゃない⁉
普通なら心のなかだけで叫ぶであろうことを、わざわざ口に出して言うあたりが緑山菜の花。よく言えば素直、普通に言えばおバカと言うことになる。
森也の答えはきょうだいとは思えないぐらい冷静なものだった。
「そのための表紙データだ。中身はタダで配信するが、熱心なファンとしてはやはり、本として手元に置いておきたい。本にするには表紙が必要だ。その表紙のデータを有料販売する。さっきも言ったように、複数のカットやロゴパターンを用意して自分でザインできるようにしてな。表紙データを売るより、ネット上にデザイン室を用意してその使用料をとる、と言う形の方がいいか。それなら、ちょっと技術がある人間なら、いちからデザインして完全オリジナルの表紙を作ることもできるしな」
「でも、それだとわざわざ印刷しなくても中身は読めるってことでしょ? だったら、わざわざお金と手間をかけてまで印刷する読者がどれだけいるのよ?」と、菜の花。自分が面倒くさがりで『やらなくてすむことならやりたくない!』という人間であるだけに、面倒を避ける人間の心理は手にとるようにわかる。
「経費の差を考えろ。従来の本の販売は印刷・製本して、配送して、本屋に委託して、と言う流れだ。そのすべての段階で金がかかる。しかも、すべての本が売れることはありえない。必ず、売れ残りが出る。売れ残った分は完全な無駄金として失われる。
ネット配信ならそのすべての経費が必要なくなる。ほとんどタダで世界中に配ることができるんだ。実際に金を払う読者の割合が少なくても利益は出る。オンラインゲームと同じ仕組みだ。あれだってほとんどのユーザーは金なんか出していない。課金ユーザーはせいぜい全体の一〇パーセント程度。それでも莫大な利益をあげているだろうが」
「あ、なるほど」
「つまり、自分で印刷・製本する人間の数が少なくても、ネット世界でなら充分な収益になると言うことだ。それに、『自分で表紙をデザインできる』となれば自作の表紙をネットにあげる人間は必ず出てくる。ひとりがはじめれば我もわれもと参加して、たちまちネット上で自作表紙の展覧会だ。となれば、その素材を提供するだけでも大きな利益となる」
「なるほど!」
あきらが力強くうなずいた。女の子向けの人形のような外見をしているくせに、感銘を受けたとなると声も態度もやたらと大きくなるあきらである。
『感銘を受けなくたって、態度なら普段からデカいだろ』と言うのは、森也の言であるが。
ともかく、あきらはデカいままの態度と口調でつづけた。
「そうやって稼ぐことで、『おれたちの国』の国の運営資金を得ると言うことだな」
「そうだが……」
チラリ、と、森也はさくらを見た。突然、兄に見られてさくらはドキリとした。
「さくら。お前、ここまで一言も発言してないぞ」
「えっ? だ、だって、あたしまだ中学生だし、素人だし……」
そもそも、この家に住んでいるから自動的に同席しているだけで『会議に出る』なんていう気はまるでなかった。まして、自分が発言する必要があるとか、発言を求められることがあるなんて思ってもいなかった。
しかし、森也はきっぱりと言いきった。
「関係ない。出席している以上はきちんと参加しろ」
――だったら、最初からそう言ってくれていればいいじゃない。
そうと知っていればおとなの会議なんて遠慮したのに……。
不条理なものを感じながらもさくらは必死に言うべきことを考えた。小中学校を通じてずっと優等生をやってきただけに教師からの突然の質問を受けることは多かった。だから、こういう展開には実は慣れていたりする。
「思うんだけど……」
「なんだ?」
「『表紙データを売る』って言うけど……その表紙データを海賊版サイトで扱われちゃったら同じことじゃない?」
「おお、なるほど!」
と、『可愛い女の子大好き!』のあきらと菜の花がそろって感嘆の声をあげた。
森也も妹の言葉に素直にうなずいた。その落ち着いた態度はその質問は最初から想定済みであることを示していた。
「たしかにその通り。だから、それ以外のこともやる」
「それ以外のこと?」
「そうだ。カフェを出す」
「カフェ?」
「これは紙芝居の話だが、紙芝居というやつは、紙芝居を見せること自体はタダで、菓子を売ることで収益を得ていたそうだ。おれたちもそれと同じことができる」
「つまり、マンガをタダで読ませることでカフェに客を呼ぶ、と言うことか?」
「そうだ」
と、あきらの問いに森也はうなずいた。
「クリエイターが自分の作品を売るために自分でカフェを出す。言わば、クリエイターズカフェ。マンガを描いている当人がカフェを出すんだからマンガにちなんだメニューだって出し放題だ。それだけでもファンにとっては感涙物。加えて、その場で印刷・製本もオーダーできる。『紅茶とサンドイッチ、それに、『海賊ヴァン!』の五一話から六三話までをA4サイズフルカラーで』というわけだ。それに、店があるから、サイン会などのイベントも開ける。グッズ類だって売れるわけだしな」
「おい、ちょっと待て。グッズだと? お前はあの悪夢を忘れたと言うのか?」
「忘れるわけないだろう」
苦虫を百万匹も噛み潰したようなあきらの言葉に対し、森也はそれ以上に多くの苦虫を噛み潰した表情で答えた。出版社が制作したはいいが人気がなくてまったく売れず、山と積まれた在庫品。欲しくもないのにそれを押しつけられた経験がふたりともあるのだった。
要するにグッズ類は当たれば大きいが、外れると悲惨、と言うわけだ。この点に関しても森也はあっさり片付けた。
「在庫をもつ必要なんてない。3Dプリンタひとつあればオーダーに応じて作ることができる」
おお、なるほど、と、あきらは虚をつかれた表情で納得した。
「それに、自分とマンガの主人公が並んでいるフィギュアがほしいとか、そういう欲求をもっているオタクも多いだろう。3Dプリンタを活用すれば一人ひとりの欲求に応えることができる」
「ここでも『限定版!』の魔法を使うわけか」
「そういうことだ。そして、もうひとつ。カフェを構えることには大きな意味がある。『クリエイターたちに副業を与える』という意味だ。この
例え、クリエイターとして芽が出なくても食料の生産者としての顔があれば世間から見下されることはない。それこそ一生だって、自分の気のすむ限りつづけることができるんだ。農業以外にも林業や牧畜の仕事もある。そんな本格的なものではなくても用水路の補修や草取りのバイトで日銭を稼ぐことはできる。ひとり暮らしの年寄りも多いから日々のちょっとした用事を手伝ったり、自分が買い物に行くついでに他人の分も買ってきたり……と言うことでそれなりに稼げる。都会はともかく、生活費の安い田舎ならそんなことでもけっこう暮らしていける」
「ふむ、なるほど。しかし……」
ニヤリ、と、あきらは笑いながら森也に言った。
「クリエイターの収入まで気にしてやるとはお前らしいな」
「金を稼げない人間が世間からどう見られるかはよく知っている」
その言葉に――。
他の三人は黙って森也を見つめた。
「あ、あの、でも……」
黙っていてはまた『発言していないぞ』と注意されると思ったのだろう。さくらが沈黙を破って質問した。
「カフェを出すって言うことは、お店を作らなきゃいけないんでしょう?」
「当然だ」
「それは、どうするの?」
「地元の建築屋におれの師匠がいる」
「師匠?」
「
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