24-4 卒業式




 校舎を出て、丸い花壇に座った。

 今井に何回もメールをしたが返事はない。

 彼女の身になにか起きたのか心配になった。

 胸が疼いてくる。

 音声通話をした。


 カランコロンカラン カランコロンカラン カランコロンカラン……


 つながらない。

 ぼくは、校舎の玄関扉の方を見た。

 今井は来ない。

 二年生の夏から、

 いつもこの花壇で、彼女を待っていた。

 視界の左は5階の校舎、

 右には晩冬の残滓をふくむ空が広がっている。

 花壇には、土しかなかった。

 ぼくは、目をとじた。

 記憶のなかへ、吸い込まれていく。


 はげしい日差し、にじむ汗、

 セミの大合唱、風にそよぐ向日葵、

 夕立ちと、雨の匂い。

 虹。

 あの夏、

 ぼくは、君に恋をした。

 長い黒髪をゆらして、

 甘い香りをふりまく君に。

 こころの扉をひらくと、

 きらめく君があふれてくる──




「内申同盟よ。内なるものを申す同盟……」



「上杉くん、雨って。なにで、できてるの?」



「ナイスシュート!」



「必殺技!

 ダーク・ホワイト・ブリザードォ──ッ‼︎」



「シャープペン、本当にありがとう。

 大切につかいます」



「かたくて、透明な音だね」



「さよなら……」




 橙色の黄昏がおりていた。

 風がでてきて肌寒くなっていた。

 校門まで敷かれたコンクリートの通路、

 数人の卒業生が去っていく。

 スマートフォンをにらむ。

 穴の空くほど見たメッセージ。

 過去のトーク履歴を見直した。

 今井とぼく、

 二人だけの写真が一枚もないことに気づいた。


 内申同盟のトップページを見た。

 なつかしい。読んでいると、

 盟約を結んだ時のシーンが、

 クリアな記憶で再現されていく。



──────────────────



  【内申同盟】


   第一条

  『我々は、生と死の真理を学ぶため、

   助け合い協力する』


   第二条

  『我々は、自分の志を信じて、

   恐れずに挑戦する』


   第三条

  『我々は、明るい未来を目指して、

   今日一日を楽しく生きる』



──────────────────





「卒業おめでとう、6時で閉門よ」


 公務の先生がやって来て、

 笑顔で送りだしてくれた。

 駐輪場で自転車に乗り、

 校門を出て左に曲がった。

 しばらく走り、交差点で止まった。

 ぼくは、標識を仰ぎ見た。 



 【東京都立 西第一高等学校前】



  後ろを振り返り、校舎を眺めた。

 4階の教室、

 二年A組の窓ガラスが夕映えで光っている。

 幻影におもえた。




──────────────────



 今井『上杉くん、ごめんなさい。

    急用ができてしまって、

    必ず行くから待っててください』



──────────────────




 君を信じて、

 ぼくは前へ走りだした。












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