17-5 クリスマスイブの嘘




 玄関の両扉を押し開けた。

 夜の帳がおりていた。

 街は暗闇にしずみ、

 街灯の下で雨が流線を描いている。

 雨は弱まっていた。

 バッと傘を広げた。

 ぱちぱちと傘に弾ける雨音をうけながら、

 校門をぬけた。

 ぼくと今井は、傘をさしながら歩いた。

 彼女の亜麻色のブーツが濡れて、

 濃い茶色になっていく。


 今井は黙りがちだった。

 ときより話しかけると、

 うん、と小さな声でうなずくだけだった。

 ほくたちは、

 夜の闇を切り裂くように、もくもくと歩いた。




 【東京都立 西第一高等学校前】


 交差点で止まった。

 歩行者信号が青く点滅している。

 停止線で止まる車のヘッドライトが、

 横断歩道と、今井を照らした。

 四角の信号が赤になった。

 車が動き出した、

 今井とぼくは交わす言葉もなく、

 ただ、時が流れる音を聴いていた。



 疾風がひとつ立ち、

 二人の間をすり抜けた。

 ぼくは右に振り向いた。

 雨にさらされ、水の粒が君の髪についていた。

 それらは、

 ライトに反射してキラキラとしていた。

 闇よりも深い漆黒の髪のなかで、

 あまたの水球が聖性をはなっていた。

 ぼくは左手で傘の柄を握りしめた。

 それから、

 神の誘いであるかのごとく

 決して抗えない力が、

 ぼくの中心で生まれていた。


 ぼくの右手が、

 君の左手にふれた

 そして、ぎゅっとにぎりしめた

 手をつないだ

  やわらかくて、あたたかくて

  ぼくは、感じた

  君の指先から伝わる、

  ぬくもりの先に

  自分がとけていくような

  快感……

 

   君が ぼくを

   どんどんと強めていく

   心臓の深淵に秘められた血潮

   鼓動は熾烈に脈打ち動く

  

    君のなかへ──

    吸い込まれていく感覚

    ぼくは、気持ちを、

    あるがままへとゆだねた

    真実を求めた

    だから 君を欲した

 


  このさきの未来で──

  ぼくが手にできる、すべてを代償にしても




 キラキラキラキィ──────ン。


 音が鳴った。

 今井の鞄の中から鳴った。

 流れ星の着信音。

 周囲の空気が変質した感じがした。

 現実に引き戻されたのか、

 非現実に引き戻されたのか、

 ささやかな違和感の中に、ぼくはいた。

 そしたら、その着信音に感応したかのように、

 君の体がゆれて、

 君の左手は、ぼくから逃れた。

 左手を自分の胸に固くもどした。

 そして、


「さよなら……」


 かけ足で横断歩道を渡って行った。

 ぱちぱちと傘に跳ねる雫、

 回転するタイヤのホイール、

 アスファルトをたたく雨音、

 すべてが、君の残存をかき消していった。 





 ぼくは一人、バスにゆられていた。

 窓越しの街並みは、

 クリスマス一色に染まっている。

 今日は12月24日。

 店先にはツリーが飾られ、

 聖歌と鐘の音が聞こえてくる。


 君はどんな気持ちだったのだろう。

 あの着信音は何なのだろう。

 そんなことを考えながら、

 窓に額を押し当てた。

 結露で曇った窓ガラスは、

 風景をぼかすレンズになっていた。

 雨が降る夜空の下、

 カラフルな電球が並木に絡みつき

 ピカピカと明滅を繰り返す。

 聖夜に燦然と光る、

 ──幾千のイルミネーション。


 ぼくを、

 メルヘン世界へといざなってくれた。












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