16-5 羅生門と誕生日




 問題集を一区切りつけ、

 水分を補給し正面の窓をながめた。

 校庭は暗く電灯が灯り、

 丸い花壇がおぼろげに浮かんでいた。

 窓ガラスには自分の顔が映っている。

 目線を右にずらしたら、

 ガラスには、

 今井の頭のてっぺんだけが映っていた。

 そのまま見入っていたら、

 頭がだんだんと昇り、

 前髪がみえ、窓ガラスに映る今井と目が合った。

 ほぼ同時に、

 今井はモグラ叩きのように頭をひっこめた。

 となりの邪魔をしないようにと、

 机に目を落とし、ぼくは勉強に集中した。

 そしたら、ガラスに映る今井モグラが、

 頭をひょっこりと飛び出してくる。

 顔を右斜めに上げ、窓を見ると、

 今井は、あっかんべーをしていた。

 そして、サッと頭をひっこめた。

 そんな他愛のないことを、

 なんべんも仕掛けてくる。

 正面の窓を鏡にして、ほくらは遊んでいた。

 君の無邪気な振る舞いに、

 しらずとぼくの心は、

 昔なつかしい子ども時代へとかえっていた。





 師走の午後6時、もう夜だった。

 帰宅する生徒の姿がぽつぽつとあり、

 だいたいがバス停へと向かっている。

 葉を落とした街路樹の枝には、

 数多の水滴が垂れていた。

 ちっちゃな丸い実をつけているようだった。

 暗がりのなか夜気を感じながら、

 ぼくと今井は歩いた。


「シャープペン、本当にありがとう。大切にします」


 おもむろに顎を上げ、

 ぼくをのぞきこみ、

 君は、いじらしいほどの笑顔をくれた。


「どんぐりコマ、ありがとう。

 いざとゆう時に、回します」


 君の白い吐息、

 ぼくのまえで飛散し消えてゆく。


「十七歳になった気分はどうだ?」


 今井の横顔を見つめながらきいた。

 落ち葉を踏んだ乾いた音がした。


「……わかんない」


 ちょっぴりまつ毛を伏せたまま、

 よわよわしい声だった。


「君が生まれた日、

 世界は、どんな一日だったのかな?」


「知らない」


 うす目で視線を歩道に固定したまま、

 なぜか悲しげな顔つきだった。


「上杉くん、誕生日って、うれしいものなの?」


 今井は地面を見ながら言った。


「普通はうれしいだろう。うれしくないのか?」


 今井は黙っていた。

 刹那のことだった。

 ぼくの右手の甲と、今井の左手の甲がぶつかった。

 一瞬、

 電流にふれてしまったように硬直した。

 ぼくたちは、顔を前に向けたまま歩いた。

 何事もなかったように歩いた。

 会話がなかった。

 足音は重なっていた。

 北風は寒かったけど優しかった。











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