16-4 羅生門と誕生日




 次の日、朝から、

 鞄の中を気にかけながら過ごした。

 教室では、今井と、

 一度も目を合わせることなく、6限目が終わった。



 放課後、図書室に行き、

 昨日と同じ座席についた。

 室内はいつもどおり静かだったけど、

 ぼくの心は、たかぶっていた。

 なぜなら今日は、今井の誕生日。

 十七歳。

 鞄の中を確認した。

 先週、文房具屋で買ったプレゼント。

 心臓が強くドクドクして、

 胸が締めつけられ苦しい。

 なぜこんなにガチガチに緊張しているのだろう。

 贈り物をするくらいで。


 目前にある窓の景色を見て、

 気分を落ち着けようとした。

 2階から見渡せる校庭には、

 寒そうに帰っていく生徒の姿があった。



 15分くらい過ぎたころ、今井がやって来た。

 こちらを見向きもせず、となりの席に座った。

 照れくさかったので、ぼくは無雑作に、

 今井の机の上にプレゼントを置いた。

 青い紙で包装された長方形の箱。

 なにか一言添えればよかったが、

 そつなく言葉がでなかった。

 そしたら、今井はプレゼントにふれず、

 怪しげな物を検分するかのように凝視している。

 そのまま数秒すぎた。

 きまりの悪い感じになってきた。

 どうにかしなければと、

 とっさに良い方法を思いつき、

 となりの今井にメールを送信した。




──────────────────




上杉『今井雪 様。

   誕生日おめでとう。 

  (図書室は会話厳禁なので、メールで伝達)』




──────────────────



 今井はスマートフォンをチェックした。

 ぼくを無表情に一瞥し、顔を正面に直した。

 プレゼントの箱にそっとふれて、

 音をたてずに包みを開封していく。

 中身は黒色のシャープペンだ。

 細部には、銀色の雪輪の模様が粉飾してある。

 今井はシャープペンを手に持ち、

 まじまじと見澄ましていた。

 横顔に流れる黒い髪の分け目から、

 しろい耳が赤くなってはみだしていた。

 しおらしい手つきで、

 プレゼントのシャープペンを握り、

 ノートに何かを書きだした。

 それから仕切り板を超えて、

 おきまりの筆談ノートが、ぼくの机に置かれた。




 『 ありがとうございます。(試し書き) 』




『はい』

 とぼくは書いてとなりの机にもどした。

 するとノートがやってくる。



『良い献上の品だ。

 このシャープペンを、

「氷砕の聖剣ブリザード」と名付けよう』

 

 文面の意味が未知数だけど、

 とりあえず『はい』と書いて返した。

 ぼくは、となりの席に座る今井を見た。

 シャープペンを、剣のごとく構え、

 愛でるように、ちいさな鼻先にあてていた。

 今井は、ほんのりと頬を赤らめて、

 いつもより乙女っぽい目色になっていた。

 そしたら、はたと何か思いたった風で、

 鞄の中をゴソゴソと漁り始めた。


 数分後、スゥーッと筆談ノートをすべらせ、

 ぼくの机に置いた。

 ノートの表紙が膨れ上がり、

 間に何かが挟んである。

 こわごわと、ぼくはノートを開いてみた。

 すると、コロリ、何かが飛びだした。

 それを見てびっくりした。

 どんぐりの実だった。

 ページには、

『ありがとう、お礼です』 と書いてある。


「どんぐり、コマ?」


 想定外で声にしてしまった。

 2センチほどのどんぐりコマだった。

 爪楊枝が刺してあり、

 スラリとした銃弾をおもわせる珍しい造形。

 表面の茶色系のグラデーションが、

 琥珀の宝石みたいに底光りしている。

 今井の方をうかがうと、怪訝そうな目顔だ。

 ぼくは、とりあえずコマを回してみた、

 コォォ──ッとまっすぐに垂直を保ち回った。

 軸の楊枝が中心に刺さっているため、

 ぶれることなく1分以上も回り続けた。


『ありがとう。どんぐりコマ、大事に回します』


 と、筆談ノートに書いて今井にもどした。

 すぐにやってきた。


『それは、大宇宙銀河系コマ大会で準優勝した。

 最強のコマである!』


 ノートの文字を読みながら、ぼくは、

 なぜ準優勝が最強なのか不思議だと思った。

 ニカッと不敵に笑う今井、

 左目を高速連打でしばたたく。

 文面も動作の真意もさっぱり解読できないけど、

 御機嫌そうなので、ぼくは、ほっとした。










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