16-2 羅生門と誕生日




 いよいよ期末テストがやってきた。

 授業を終え、2階の図書室へ行った。

 室内は暖房がきいて暖かく、

 テスト期間のわりには生徒は少なかった。

 皆一様に必死で机に向かっている。

 ぼくは、貸出カウンターを左に曲がり、

 前回の中間テストと同じ席に座った。

 となりは空席で、

 仕切りの板は立てたままにしておいた。



 英語Bの問題集にとりかかったけど、

 はかどらない。

 ぼくは、今井のことを考えた。

 教室内で遠くから、目と目でほほ笑み合った。

 今日の秘密の印、アイコンタクトは2回だけ。

 一日に平均、5回ぐらいだったが、

 近頃はめっきり減っているような。

 気のせいか。

 ごちゃごちゃと考えていたら、

 スッと、右どなりに生徒が座った。

 上半身を静かに後ろへずらし、

 ぼくは、その姿を確かめた。

 女子の制服だ。

 赤紫色のセーラーカラーの肩に、

 髪の毛がのっかり、背から腰へとながれていた。

 暖房の送風にのって、

 甘いシャンプーの香りがする。

 夏と同じ香り。

 今井雪。

 ぼくは、自分の心臓が熱くなったのを感じた。



 おたがいに干渉しない時間が5分ほど経った。

 そして、ぼくの机の右端に、

 あのノートが置かれた。

 前回と同じ、紫色の筆談ノートだった。

 開いてみた。



『龍ちゃんのお話。つまんない。内容が、ないよう』



 格調の高い文字で綴られていた。

 龍ちゃん、だれだ?

 文面の意味が解読できず、

 今井の席に目をやると、

 めくられた現国の教科書のページには、

 小説『羅生門』。

 龍ちゃんとは何を指すか理解した。



『芥川龍之介は、大正時代の文豪です。

 読解力はありますか? 不安です』


 と書いて、ぼくはノートをもどした。

 しばらくして、またノートがやってくる。



『あなたは、何か将来に対する、

 ぼんやりとした不安はありませんか?』


『ありません』と書いてもどす。

 するとノートがやってくる。


『死にたがっているというよりも、

 生きることに、飽きていませんか?』


『いません』と書いてもどした。

 するとノートがやってくる。


『周囲は醜い。自己も醜い。

 それを目のあたりに見て、

 生きるのは、苦しいと感じていませんか?』


 文章の暗さからして、

 芥川龍之介の言葉を引用していると憶測した。


『いません』

 と書いてもどす。

 するとノートがやってくる。


『生きる為に生きている。

 我々人間の、哀れさを感じていませんか?』


『いません』


 そう書いて、となりの机にノートをもどした。


「フフフッ……」


 なぜか悪魔声のささやきが聞こえた。

 その意味が意味がわからず、ぼくは横の席を見た。

 今井はニヤリとあざ笑い、

 胸にかかる髪を、

 くるくると指先でもてあそんでいる。

 それから左手を伸ばし、

 ぼくの机にノートを置いた。



『下人は、その後、どうなったと思う?』


 下人。ぼくは考えた。

『羅生門』の主人公、下人と推察できた。



『羅生門。物語を要約して教えてください。

 君の魔力なら、楽勝ですよね。

 その後、あなたの質問に答えます』 


 そう書いて、ぼくはノートを返した。

 5分後にノートがきた。












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