15-4 VRボックスから、『リアル・ファンタジー・ワールド』へ



「ログインだ!」



 視界全体が眩しい光に覆われ、

 いままで見えていた映像が消えた。

 華々しいオーケストラの、

 ファンファーレが響く。

 そして天上から、

 女神さながらの美声が降りそそいだ。



《冒険者ウエスギよ 旅立ちの時です    

 世界平和のために 暗黒竜王を倒しなさい》



 新しい風景が、ぼんやりと現れてくる。



「ああ……」





 ──ぼくは、驚嘆した。

 目の前には、

 突き抜けるほどの、青い空が広がっていた。

 眼下には、

 大木のジャングルがどこまでも続いている。

 ぼくは、丘の上に立っている。

 その場で身体を360度まわして、

 視線をめぐらせてみた。

 水平線のはるか遠くまで山脈が連なり、

 風が吹き、森がさわさわと音を立てている。

 さわやかな緑の匂いがした。


「これが、リアル・ファンタジー・ワールド」

 

 実際は狭いVRボックスにいる。

 そのことを忘れてしまうほどの現実感。

 異世界にワープしたような錯覚に、

 ぼくは陥っていった。




────────────────── 


《スタート地点  旅立ちの丘》


──────────────────




 視界の右上に、デジタルの文字が点灯していた。  

 この丘は、旅立ちの丘ということか。

 頭上からプロペラの音がした。

 振り仰ぐと、小型飛行船が飛んでいる。

 搭乗している冒険者が手を振っていたので、

 ぼくは振り返した。

 その飛行船は、北の方角へ飛行しており、

 彼らの目指す先へ視線を移した。

 何かが建っていた。

 天空に到達しそうな高い塔が、

 わずかに目視できた。

 視界上部に、こう表示された。



──────────────────


《バベルの塔  北の方位

 距離  1万8千キロメートルの地点》

 

──────────────────



 それから視界の左上に、

 建造物の外観の画像が現れた。

 バベルの塔だ。

 塔は円柱の高層ビルをおもわせる佇まいで、

 ゴールドとブラックで装飾され、

 豪華絢爛にそびえ建っている。

 上層部は雲に隠れていた。


「あの最上階に、暗黒竜王がいるのか」

 


 辺りを見まわすと、

 背後の森に一本の小道がのびている。

 ぼくは丘を下り、道なりに歩いた。


 森の中は、ほの暗かった。

 豊かな樹木が生い茂り、

 足の裏には湿った土の感触がある。

 腐葉土と、濃厚な蜜の臭いが嗅覚を刺激してくる。

 

「なんだ」

 

 右方の草むらから、

 ガサガサと小型の獣が駆ける葉音がした。

 上空から雅やかな鳥のさえずりも聞こえる。

 緊張感をもちながら、ぼくは小道を歩いた。

 傘が1メートルはあるピンクの巨大キノコ、

 風変わりな果実を豊満に垂らす高木。

 おびただしい数の、

 不可解な動植物が生息していた。


 密林を抜けると、

 視界が一気にひらけて、明るい広場に出た。

 何かの入口が見える。



   《テーゼの町》



 石門のアーチに、町の名が刻まれていた。

 ぼくは歩を進め、門をくぐり町に入場した。

 ゆるやかにカーブする、石畳の路がつづいていた。

 路沿いには、武器屋、道具屋、服屋など、

 小ぶりな店が軒を連ねている。

 大道芸人が愉快に踊りながら笛を吹き、

 庭園にあふれるバラからは、

 エレガントな香りが漂ってきた。

 ぼくは立ち止まり、周囲を観察した。


 店先では買い物をするアバターで賑々しい。

 耳のとがったエルフ、

 筋骨隆々の騎士、

 ネコ耳を生やした半獣半人。

 実物アバターの本物に見える人間。

 ぼくと同様のアニメ化アバターなど、

 百人百様の冒険者が集っていた。

 ファンタジー世界を絵に描いたような町の風景だ。

 あまりにもリアルな仮想空間に酔いしれ、

 ここに来た本来の目的を、忘れてしまいそうになる。


「ここからだ」


 VRグラスに、LINEをリンクさせ、

 ぼくは、今井にメッセージを送った。












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