14-5 冒険者




 帰宅した。

 キッチンに母が用意してくれた、

 夕食が置いてあった。

 味噌汁を温め、栗ご飯と冷たいさんまを食べた。

 食器を洗い、二階へ上がった。


 部屋のクローゼットから、

 バスケットボールを引っぱり出す。

 表面には小さな傷が無数にあった。

 悲しみが刻まれている気がした。

 ベッドに仰向けになり、

 ボールをクルクルと回転させ、

 天井にぶつからないよう低いシュートを打つ。



 ──あの日、

 体育館、今井の笑顔がうかんだ。


 会いたい。

 もっと一緒にいたい。

 デートがしたい。

 よいきっかけはないかと思案をめぐらせ、

 LINEをした。





──────────────────




 上杉『こんばんは』


 今井『こんばんは』




──────────────────



 今井の返信はいつも早い。



──────────────────




 上杉『突然ですが、誕生日はいつですか?』


 今井『他者に問うまえに、

    己の誕生日を、教えるのが先です』


 上杉『はい。令和元年、5月1日です』


 今井『知っていた。

    我は、読心魔法も習得している』





──────────────────




 子どものころから誕生日はよく当てられた。

 令也、ぼくの名前のせいだ。




──────────────────




 上杉『で、君の誕生日はいつですか』


 今井『100億歳じゃ。

    ちょびっと、さばを食べたがな』


 上杉『それは、宇宙の誕生日だろ。

    君の誕生日はいつ?』


 今井『今井雪の地球服。肉の塊のことか?』


 上杉『はい。

    地球服を初めて着た日はいつですか?』 


 今井『とうとう、真実を明かす時がきたか……

    わたしが生まれた時代、

    祖国は内戦状態じゃった。

    親をなくし、

    道に捨てられた赤子のわたしを、

    真実派の兵士が拾い育ててくれた。

    だから、

    わたしは自分の誕生日を知らない……』


 上杉『その設定、即興演奏か?』


 今井『ああ、簡単なことだ。

    笑いたければ笑えばいいさ。荒唐無稽だと』


 上杉『はいはい。荒唐無稽です。

    残念だ。誕生日プレゼントでも、

    あげようかと思ってたけど、なしだな』


 今井『わたしは、毎日が誕生日だ!』 


 上杉『下等な悪魔のセリフだな。

    だったら君には、

    誕生日ではない毎日を祝ってあげます』


 今井『フフフッ……』


 上杉『そこ、フフフッか、

    次に答えないと絶対あげません』


 今井『12月23日』




──────────────────




 クリスマスイブの前の日か。




──────────────────




 上杉『もうすぐだな、怪しい。

    なにか証拠はないか?』


 今井『悪魔の証明はできない』


 上杉『なんか使い方、ちがうぞ』




──────────────────




 画面越しのむこう、

 したり顔の今井が想像できる。

 LINEをしながらも、

 ふと、

 内申同盟を結んだときの詠唱を思い返した。




──────────────────




 上杉『双子座かと思っていた。

    まえに、守護神は、

    ジェミニとか言ってたから』


 今井『精神的には、ふたご座だ。

    オオオォ────ッ!

    モンスターに包囲された!』 


 上杉『また、

    リアル・ファンタジー・ワールドに

    いるのか?』


 今井『うむ。あの一団はC級モンスター、

   「最後に悪は勝つ」だ!』


 上杉『おぞましい世界だな、そこ』


 今井『おのれのいる世界と、たいして変わらんぞ』


 上杉『塔の何階にいるんだ?』


 今井『39階だ。よし、

   「絶対零度の氷剣」の

    切れ味を教示してやる!』


 上杉『その剣、きいた事があるな』




──────────────────




 聞き覚えのあるワードだった。




──────────────────




 今井『剣術大会を制覇し、

    氷の国の王から賜った剣だ』



──────────────────



 思い出した。

 夏休みにそんなメールをしていた。



──────────────────



 上杉『今井、君は、魔法使いなのか?

    それとも、剣士なのか?』


 今井『両方。それに我は、今井ではない。

    魔法剣士、スノーナウだ!

    前線に復帰する!

    通信を断つ、さらば同志よ!』




──────────────────




 やや強引に、LINEは終了させられた。

 結局のところデートの誘いもできなかった。

 気持ちを切り替えて、椅子に腰かけ、

 教科書をめくってみたが無駄だった。

 黒い机。

 本棚。

 カーテン。

 壁にかけられた制服。

 無味乾燥な部屋を見まわし、物思いに耽る。



「氷の魔法剣士、スノーナウ。

 ゆき。いま……」



 それから、ネットサーフィンをして、

 欲しくなった商品を注文した。












  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る