14-6 冒険者
11月の最初の金曜日。
天気予報どおり、
夕方から空模様はくずれだした。
頬をかすめる風は冬の兆しがある。
駐輪場はガチャガチャと騒がしく、
急ぎ足で帰る生徒の群れが校門を出ていく。
校庭の時計の針は6時を過ぎた。
ぼくは丸い花壇で今井と合流し、
自転車を押しながら二人で下校した。
いまにも降りだしそうな雨雲の下、
右どなりの今井の横顔を見た。
教室では会話できないままだった。
休み時間に、アイコンタクトはした。
1回だけ。
今井との距離感が縮まらない。
明日から週末。
月曜日まで、また会えなくなる。
横に実物の、君が歩いているのに、
頭のなかで、君のことばかり考えている。
雨の香りが残る歩道に、
落ち葉が旋風にあおられ舞った。
はずまない会話、
二人の足音、別れの交差点が近づく。
毎回メールで断られていた。
きちんと言葉にして言わなきゃダメだ。
ぼくは、ぐっと十本の指に力をいれ、
おじけづきそうな弱い心を奮いたたせた。
「今井。明日は休みだし、
どこか、一緒に行かないか?」
キラキラキラキィ────ン。
いきなり、個性的な高い音が鳴った。
今井が右手に持っている鞄の中からだ。
流れ星のようなスマートフォンの通知音、
前にも聴いた音だ。
今井は鞄を胸に抱きしめ、
うつむいたまま歩いた。
ぼくの誘いへの、返答はない。
言葉が絶えた。
足音 秋空に響く
回転 自転車のスポーク
甘い 金木犀が薫る
前髪 風にかきあげられて
二人 木枯しに抱かれたまま
「ごめん……。時間がない。
わたしは、冒険者だから。
いつだって、
暗黒の力と戦う、魔法剣士だから」
追いつめられたような小声で言った。
ふし目がちで、制服の袖をぎゅっとにぎり、
カフスの赤紫のラインがゆがんでいた。
胸がズキンとした。ぼくは、
肩に錘を乗せられたみたいに重苦しくなった。
「さよなら……」
交差点で、
君はそう言い残し、横断歩道を渡っていく。
夕闇にとけるように消えていく。
横断歩道の白い縞々に、
赤い葉がなごり惜しそうに貼りついていた。
黄昏にしずんでゆく街、
流れていくヘッドライトの川、
一人、自転車を止め、
ガードレールに右足を乗せた。
「会いたい」
さっきまで一緒にいたのに。
振り返り、君を探した。
残像すらない交差点には人の姿はなく、
赤々とした街路樹が道路に連なっている。
ひらりと一枚の葉が肩に落ちた。
目前にある並木の幹は浅黒く、
植物のかぐわしい臭いがした。
吹きすさむ風、
木の葉がさざめく音が大気に満ち満ちる。
風音に呼応するように、ぼくは顔を上げた。
視界一面、赤い葉が、
鈍色の空を埋め尽くしていた。
冷たい風に吹かれて、
紅の炎のように、
ゆらゆらと鮮烈に燃えあがる
──幾千の紅葉。
それらは、ぼくの心までも、
赤く赤く燃えあがらせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます