8−3 雨と虹




【自殺管理法の議論 第6回】



──────────────────



 ぼくはパソコン画面に入力した。



「では、第、1万1回。

 内申同盟、暗黒議会の開会だ!」


 ゾッとするような悪魔の声で、

 今井がのたまう。

 ご自由にどうぞ。

 もうツッコミを入れるのもやめた。

 今井は弁当箱を鞄にしまい、

 お手拭きで、机の上をきれいに拭いた。

 そして、ぼくの方を見た。



「わたし、昨日の夜、

 自殺管理法のこと、考えぬいたの」


 声のトーンが少し重々しくなった。


「それから、死ぬことを考えてたら、

 ぽわん、と、疑問がわいた」


「どんな?」


 ぼくは彼女を見た。

 背筋を伸ばし姿勢よく座っている。



「上杉くん……なんで、人は生きてるの? 

 生きる理由はなに?」


 普段とは異なる険しいな顔つきだ。


「わたし、夜、眠れずに考えた。

 見て、この凄惨なクマ」


 アッカンベーをしてきた。


「なぜ、舌をだす必要があるんだ、

 ひどい顔になってるぞ」


「ひどいのは顔ではなく、

 頭蓋骨です」


 小指を口元にあて、言葉をなげてくる。


「食うために、生きるのはわかるよ。

 動物と、おんなじってこと?」


 ぼくは今井の質問に答える。

 

「そうだな、

 生きるために食べて、子孫を残す、

 生きる理由と言えるな」


 返す刀のように言葉がとんでくる。


「子孫を残したくない。

 残せない。

 そんな人の、生きる理由はどうするの?」


「ほかにも、幸福なんていっぱいある」


 ぼくは言った。

 すると今井は、蔑むように鼻で笑い、

 高圧的に疑問をぶつけてきた。


「この世に生まれて、

 幸福と思えない人の、

 生きる理由はどうするの?」


 ぼくは少し考えて答えた。


「そうだな。

 幸福になるため、

 死ぬほど、努力しろってことかな。

 皮肉だけど」


「やっぱり、皮の肉……」


 ぼくは首かしげながら、窓側を見た。

 灰色の雲がながれ、青空が狭くなっていた。



「子どものころから思ってたけど。

 人には、

 生まれてこない、自由がないのよ」


 前方の黒板、左側の窓、後方に積まれた机と椅子。

 会議室をさらりと見回し、今井が言う。


「強制的に生まれてきちゃって、

 当然のように体をもたされ、

 名前があって、

 親があって、

 社会があって、

 世界が用意されている。

 これって、暗黒の拷問よ!」


「そこまで言うか」


 ぼくは呆れ顔で返した。


「言います。この世界に生まれたことは、

 暗、黒、拷、問、なの!」


 クールなキメポーズで、今井が吠えた。


「生まれてきた理由、教えてよ?」

「生まれてきた理由、教えてよ?」

「生まれてきた理由、教えてよ?」


 早口で3回もリピートしてきた。


「知らねーよ、自分で考えろ!」


 ウザかったので一喝した。


「上杉くん、知らないのね、教えてあげようか」


 今井の声の調子が変化した。厳かになった。


「あにた、真実を知る、覚悟があるのなら?」


「あるよ、教えろ」


 ぼくはキーボードに指を置き、

 打ち込む用意をした。

 そしたら──



「親が、やっちゃったからよ」


 今井は普通の顔で、普通の声で言った。


「それ、生まれた理由じゃなくて、

 原因だと思うぞ」


 ぼくは冷静に、論理的に返した。


「そうね……。知ってた」


 拗ねた顔になった。

 

「わたしは陸上部だから走るんです!」


 は? いきなり脈絡もないことを言われ、

 ぼくはびっくりした。

 今井は恥ずかしそうに、

 前髪の毛先をいじっている。

 さりげない仕草が愛らしくおもえた。

 気を取り直し、ぼくは話を元にもどした。

 テーマは、

 人が生きる理由、生まれてくる理由、

 だったはずだ。



「今井、

 生まれる理由を考えるまえに、

 そもそも、

 生まれることは、拒否できない。

 受動的だから、受け入れるしかないぞ」


 うす暗くなってきた会議室、

 空いている、まん中の席が大きく感じた。

 右斜め前に座っている今井は、

 ぷくっと頬をふくらませて怒りぼやいた。


「そうよ、生への拒否権がないの。

 この地球ゲームは、

 神様がイジワルして創った、クソゲーよ」


 今井はキメ顔で言い放った。

 ぼくは建設的な提案をした。


「神様に嘆くよりも、生きる理由を、

 自主的に、作ればいいんじゃないのか」


「上杉くん。綺麗事は、やめてよ」


 ぷいっと顔をそむけた。

 つられてゆれた髪が、ほのかに香りをふりまく。

 昨日と同じシャンプーの香り。

 ぷいっとまた顔をもどし、

 ぼくにむかって言った。


「生まれたくて、

 生まれてきたわけじゃない。

 そんな人が、たくさんいるの!」


「まあ、そんな人もいるだろう」


「いるの! 

 だからね、神様は、人に、

 死ぬ、自由をあたえたのよ」



 不思議な女の子だと思った。

 ふざけたことばかり言うと思えば、

 すごみ気迫みなぎる言葉がでてくる。

 今井雪。

 本当に、不思議な女の子だと思った。













  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る