だれが、わたしの心臓を動かしているの?
7−1 だれが、わたしの心臓を動かしているの?
図書室は冷房が効いて涼しい。
ぼくは席に座り、深呼吸をした。
背の高い本棚、ページをめくる音、
正面の窓ガラスをこえて、
朝から、旺盛なセミの鳴き声がしみてくる。
夏休みの勉強計画は順調だ。
数Aと英Ⅲの教科書を、鞄から取りだした。
勉強の開始だ。
11時を過ぎたとき、室内がざわつき始めた。
女子生徒がスマートフォンを見ながら、
ボソボソと話している。
図書委員が注意して静かになったけど、
またすぐにざわつきだした。
集中力が切れたので退出し、
ぼくは階段を上り、踊り場で休憩した。
スマートフォンでニュースを見てたら、
先ほどの、女子生徒たちの、
ざわつきの原因がわかった。
──────────────────
〈ジャパン速報ニュース〉
『本日の午前11時ごろ、
東京都内の高等学校にて、
女子学生(十五)が、4階の教室から飛び降り、
中庭に転落し死亡した。
警視庁西署は自殺とみている』
──────────────────
踊り場は清閑としていた。
階段を上ってくる生徒も、
降りてくる生徒もいなかった。
上には大きな窓があり、
壁の掲示板には避難経路図が貼られ、
避難場所まで赤いペンで矢印が記されていた。
事件を詳しく調べてみると、
原因は、いじめだった。
いや、いじめではなく犯罪だ。
陰湿な犯罪行為の事実が、
裏サイトに投稿されていた。
ここから5キロしか離れていない学校だった。
こんな近くでいましがた、
予想だにしない事が起こった。
あたりまえのことだが想像してみた。
ぼくが知らないだけで、
現在も世界中で、
──信じられない事が起こっている。
踊り場は、青白く沈んでいた。
上部の窓から洩れる光が、
壁に反照して眩しかった。
ブルッ、とスマートフォンが振動した。
──────────────────
小嶋『弟が風邪で寝込んで、
家に帰らにゃいかん。
今日の議会は休む。すまん!』
今井『了解』
上杉『了解。お大事に』
──────────────────
職員室へ鍵を取りに行くと、すでになかった。
今井が先に来たのだろう。
ぼくは少し緊張しながら、
階段を上り、5階の第2会議室へ向かった。
ノックをして、会議室のドアを開けた途端、
異変を感じた。
ぼくは、室内を見た。
裸足だった。
今井は裸足で窓辺に立ち、
胸の高さはある窓から、頭を突きだしていた。
外を見下ろしている。
脱いだ靴がきちんと足元にそろえてあり、
そばに靴下がたたまれていた。
今井の素足は、ちいさくて、
しろくて、うつくしかった。
「死んじゃったね……」
声をかけるまえに、彼女がつぶやいた。
窓辺に立つ後ろ姿、
逆光のためシルエットになっていた。
背中越しにある、吸い込まれそうな大空には、
茫漠な雲が複雑にたゆたっている。
彼女の黒髪と、空の境界線、
太陽の光で縁取られ、金色に輝いていた。
「知っていた、生徒か?」
ゆっくりと足を動かしながら話しかけた。
今井が言っているのは、
今日の午前中、飛び降り自殺した、
高校一年の女子のことだろう。
事件が起きたのは、近距離の学校だった。
同じ中学の卒業生もいるだろう。
そのため、ぼくら生徒同士のLINEでも、
またたく間に噂の種になっていた。
「うん、知ってた。だって、
おんなじ、中学校だもん」
窓に歩み寄り、ぼくは左を見た。
今井は身を乗りだし下をむいていた。
滝のごとくまっすぐな黒髪が妖美にたれていた。
「おんなじ、陸上部だった。後輩だった」
「そうか」
顔は髪で隠れていた。
肩峰のセーラーカラーは空色で、
3本の白いラインがはしっている。
「朝は、いちばん早くきて練習してた。
放課後も遅くまで練習してた」
窓枠にかけた彼女の手は、しろくてちいさい。
「熱心だったんだな」
顎をやや上げ、彼女は、横顔をみせた。
遠い視線は、過去を回想している目つきだった。
「はやくて、キレイに走る、女の子だったよ」
うだるような暑さが室内に充満していた。
ぼくたちは、しばらく黙りこくった。
チラリと横目で今井を見た。
目の色、
唇の角度、
声のトーンが、
妙に清々しい雰囲気をにおわせていた。
「上杉くん。自殺管理法って、
だれのために作る、法律だとおもう?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます