6-6 呪いの儀式




 朝の光がちらちらと川面に瞬いていた。

 桜の木陰の下、

 小川沿いのサイクリングロードを走る。

 学校へは少し遠回りになるけど、

 ぼくの好きな道だった。


 小学校のときの通学路でもある。

 土手は緑一色に染まり、

 クロバーの葉が生い茂っている。

 はたと、小学生じみた台詞が頭にわいた。


「夏休みが、ずっと続けばいいのに」



 ひらひらと、白い蝶が二つ舞っていた。

 飛んでいった先の木立の陰に、

 大きな水瓶が置かれていた。

 ぼくは自転車に乗ったまま、

 近づき水瓶の中をのぞいて見た。

 水中はドロドロと汚れており、

 金色の金魚のつがいが遊泳している。

 緑の葉が水面に浮かび、花が咲いていた。



「美しい」


 白い睡蓮だった。

 中心にある黄色い花柱から、

 純白で鋭利な花びらがはじけていた。

 泥中から這い上がり、

 地上で天界の香りをふりまいている。

 この凛々しい姿形に、

 人は光輝なイメージを抱いたのだろう。



「彼女が見たら、なんて言うのかな」


 自転車のギアを上げ、重心を前に移し加速した。

 ぼくは上を見た。

 まじりけのない水色の空に、

 ひこうき雲が一筋のびてゆく。



 風になりたい



 ──とまどうことなく、

 ぼくは、盛夏を駆け抜けた。






──────────────────



【自殺管理法の議論 第四回】



──────────────────



 パソコンに入力した。

 ぼくら三人は、とことん議論を重ねて、

 肯定的な側面と問題点を洗いだした。

 文化祭の課題発表は、そこそこ形になってきた。


 ぼくは一息ついて、

 5階の会議室から見える景色を眺めていた。

 そして、以前から引っかかっていたことを、

 小嶋と今井に問いかけた。


「思ったんだけど。

 この法律の賛否って、

 死生観が関係すると思わないか?」


「死んだらどうなるか、ってことか?」


 うちわ代わりに扇いでいた、

 小嶋の下敷きが静止した。


「ああ。死後のことを考えないと、

 より、本質的な議論ができない」


 ぼくは答えた。



「そうやな」

「わたしも、そう思う」


 小嶋と今井がそう言うと、

 ぼくらは改めて顔を見合わせた。


「死んだ後のことは分からない。

 仮説による、議論になるけど」


「おう」「うん」

 うなづく二人に、ぼくは意見を述べた。



「ぼくの考えは、魂やら死後の世界なんて無い。

 そんなのは、頭で考えて創作した幻想だ。

 死んだら消滅。無になるだけだと思う」


 かねてから思っていた。

 不確かな前世や幽霊など、

 まるっきり信用できない。

 そしたら、小嶋が発言した。


「でもさー、死後の世界がないと、

 つじつまが合わない気がするんだよなー。

 だってさ、幸せな環境に生まれる人もいれば、

 不幸な環境に生まれる人もいるだろ」


 ブンブンと下敷きうちわを扇ぎだした。


「全部が偶然というのも、ちがう気がする。

 なんか、前世の因縁めいたもので、

 生まれる環境や条件を決めている。

 そんな感じがするなー」



 信憑性は皆無だ。けれど、

 小嶋のような思想を持つ人は少なからずいる。

 さらに今井が弁じだした。


「魂はある。

 人には、魂があって不滅だよ。

 ポンポン死んで、ポンポン生まれ変わるの。

 輪廻転生を繰り返し、永遠の冒険をしてるの」


 セーラーの袖口をいじりながら、

 今井がしゃべり続けた。


「だから死にたかったら、死んで、

 リセットして、

 ゲームみたいに、何度もやり直せばいいのよ。

 大丈夫です。

 神様は、すんごく優しいから」


 今井は片肘をたて、

 手のひらに顎をのせ、

 窓のむこうの空に視線をうつした。



「──だって人生が、1回きりだったら。

 あまりにも、さびしいよ……」



 ひとりごとのように吐露した。

 少しの間、儚げな瞳をしていた。



 死に対する見解が、

 自殺管理法の賛否に影響するのは間違いない。

 ぼくらは、世界中の思想、宗教に基づく、

 死生観を調査した。



「続きは、次回までの宿題だな」


 パソコンの電源を落とした。

 いい時間だったので室内を整理し、

 ぼくらは帰宅した。











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