呪いの儀式

6-1 呪いの儀式




 午前中、図書室で3時間の勉強を終えた。

 ぼくは、階段を上り、

 第2会議室へ向かっていた。

 夏休みの学校、この独特な雰囲気が好きだった。

 制服を着たまま、校舎の中で、

 一人で自由に振る舞えるからだろうか。

 静かに階段を上っていると、

 突然、音楽がきこえてきた。



「この曲…… 」


 3階と4階の途中、階段の踊り場で足がとまった。

 上を見た。

 上部の大きな窓から、青白い光があふれていた。

 逆光で、窓枠が黒い十字架に見えた。

 踊り場が、なんだか荘厳な場所におもえる。

 ぼくは耳をすませた。

 4階の音楽室から、演奏が聴こえてくる。

 硬く透明感のある音色、チェンバロの音だ。

 高校にチェンバロがあるのは珍しい。

 前任の校長がチェンバロ奏者で、

 学校に寄贈した楽器だ。

 運指の技術からすると、

 音楽部員が練習しているのだろう。


 静謐で澄みきった音

 甘美な旋律

 一音一音が心に沁みてくる。

 記憶にある曲だった

 なつかしい心地になった。



「はっ……」


 ふと、我にかえると、

 演奏は中断していた。





 第2会議室のドアを開け、クーラーをつけた。

 三つに並ぶ机、左端の席に座り、

 スマートフォンでネットニュースを読んだ。



 オッス! と小嶋がやって来て、

 まん中の席に、どかんと腰をおろした。

 次いで、深刻な顔をした今井が参上した。

 武人のような身のこなしで、シャキッと着席し、

 そして、開口一番に言った。


「まずは情報を、共有することが先決だ。

 二人とも、精神を乱さぬよう清聴してくれ」


 今井は鋭い目つきで、重々しく語り続けた。


「もうじき、どこかの教室に、

 D級モンスターが襲来する──」



 今井の語りは美しい。

 発音や間の取り方、感情の強弱の加減、

 なによりも秀逸なのは透きとおった美声だ。

 そこは認める。

 されど、またしても内容が、

 中二病的でうすっぺらい。



「今井ちゃん、

 今日のモンスターは、どんな奴や?」


 小嶋は、物語の続きを待ちきれない口振り。

 今井のトーク力にひき込まれている。

 だが、ぼくはちがう。


「今日も、妄想ですか?」


 もう終わりにしたら、

 と言外にふくませ冷淡に突き放した。

 逆効果だった。


「呪いの魔術師が、異世界から襲来する。

 ボスの名は、

『わら人形の在庫あり』だ。

 奴らは、呪いの魔法を使うぞ」


 わら人形の在庫あり。

 うーん、なんなんだよ、そのボスの名前。

 と頭のなかで唸るぼく。


「そいつら、どんな呪いをかけてくんの?」


 興味津々の小嶋の問い合わせに対して、

 ピカァ──ンと、

 今井の目が星のように光り、口が動きだす。


「暗黒竜王が配布した、闇の教科書がある。

 それを勉強せねばと、信じ込み、没頭する。

 そんな類の、洗脳的な呪いだ」


 今井は見たこともない指の形でキメポーズ。

 まだまだしゃべらせろとのアピールだ。

 それに応える小嶋。


「今井ちゃん、闇の教科書って、なんなん?」


「ページには、虚構の暗号が刻まれている。

 読んでいると頭が、狂う」


 今井は自分のしゃべりに心酔しきって、

 話すことをやめなかった。


「昼も夜も、箱の中に引きこもる。

 孤独になり、机にかじりつき、

 闇の教科書を暗記する。

 なぜなら、テストがあるからだと!」


 今井は席を立ち、机の上に両手を置いた。

 まだまだ弁じ続ける。


「おまけに、テストの結果に順位などつける。

 あれは、

 現実逃避ランキングだというのにな」



 今井は机上のレモンスカッシュを

 華麗に口元に運んだ。

 しゃべりすぎて、喉が乾いてしまったのだろう。

 うすいピンク色、

 ちいさな唇がしっとりと濡れる。


















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