6-2 呪いの儀式





「今井、君は勉強が苦手なのか?」


 眉間を指でもみながら、ぼくはきいた。

 今井の妄想設定から察するに、

 勉強を否定しているように感じたからだ。


「得意。得意です」


 椅子に腰を下ろし、今井は静かに答えた。


「前回のテスト、何位だった?」


 ぼくは冷徹に問うた。


「1位」


「1位は、ぼくだけど」


 入学してからずっとぼくが、学年1位だ。


「うっ……」


 中指をほっぺに突き刺し、小首をかしげた。


「1位は、ぼくだけど」


 強めに問いただした。


「精神的には……、わっ、わたしが1位だ!」


「ごまかすな。苦手なんだろ」


 今井は天井を見上げ、

 わなわなと肩を震わせている。


「とっ、得意。とっ、得意です……」

 

 相当、成績が良くないのだろう。

 中二病にとどめを刺すため、ぼくは言った。


「君の妄想モンスターのボス、

『わら人形の在庫あり』に、呪いをかけてもらえば。

 闇の教科書に夢中になり、勉強が得意になるだろ」


 それから、

 今井に同情と哀れみの視線をそそいだ。

 すると──



「プギギギャ────────ッ‼︎」



 いきなり珍しい奇声があがった。

 ぼくも小嶋もびっくりした。

 それから、ドタン、

 今井は机に平伏し固まっていた。

 冷静沈着の知的なキャラ、魔法剣士、だっけ?

 キャラ崩壊したようだ。



「呪いを利用して、勉強を得意にしちゃう。

 上杉ちゃん、うまいアイデアだ!」


 下敷きを扇ぎながら小嶋が笑った。


「うまくない。うまくない。うまくないのよ、

 小嶋くん。

 うまいのは唐揚げの、足の、鳥!」


 ぐわっと体を起こし復活して反論。

 今井の回復能力は高いらしい。



 「呪いの儀式、はじめます」



 くぐもった小声で今井が何か言った。

 そこから不思議な運動を始める。

 ピンと背筋を伸ばし、胸の前で拳を握った。

 ファイティングポーズをとった。

 そして、

 指先と爪をたて、犬かきっぽい動作をしだした。

 シャカシャカシャカシャカ、

 と自前で擬音をつけて、空気を掻いている。

 本当に挙動が怪しい。


「今井、なにをしているんだ?」


 ぼくはきいた。


「呪いの儀式」


「は? その犬かきが?」


 目がイエスという。

 どうやら一連のポーズと動作が、

 呪いの儀式? らしい……。


「呪われました。

 呪われました。

 あなたは、呪われています」


 早口な小声でつぶやく今井を見た。

 微動だにせず、人情を捨てた目つきで活動を停止。

 動かない。口だけ動いた。


「呪いの効力、気になるでしょ?」


「ならない」



 会議室に数秒間の沈黙がながれた。

 質問しないと再起動しません。

 そんな波動をびんびんに発散してくる今井。

 さっさと昼飯を食べたいので、

 ぼくは質問してあげた。


「はいはい。どんな呪いですか?」


「あんたの来世は、セミ。でございます!」



 特に反応せずに、ぼくはご飯を食べ始めた。

 今井は目を細め、

 無骨な面構えでささやいてくる。


「器がちっこい、器がちっこい、器がちっこい、器がちっこい、器がちっこい……」


 煩悩まみれの坊主のお経のように、毒づいていた。

 1分間も。












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