5-2 夏休み、第2会議室

 



 ぼくは、会議室に入ってくる今井を見つめた。

 彼女は黙ったまま、

 きびきびとした足取りで歩く。

 長い髪をゆらし、

 颯爽と空席に腰をおろした。

 白いセーラーに、

 胸元のスカーフは左右対称に結ばれている。

 今井は、机上に肘を立て手を組み、

 神妙な顔つきで語りはじめた。



「まずは、情報を共有することが先決だ。

 二人とも、精神を乱さぬよう清聴してくれ。

 まもなく学校に、E級モンスターが襲来する!」


「モンスター?」


 まのぬけた顔で小嶋が聞き返した。

 昨日の一件があったので、想定内のセリフだった。

 今井のしゃべり方は、

 アニメ声優さながらに流暢。

 やはり今井は、中二病なのだ。

 ぼくは呆れながらも彼女にきいた。


「妄想、話したいのか?」


「真相、話したいのよ。

 暗黒竜王の命令で、

 ぞくぞくと異世界からモンスターが襲ってくる」



 対応にあぐねている小嶋、

 ぼくは、今井に冷ややかな眼差しで返した。


「陳腐な設定だ。もう終わりにしろ」


 今井は目を細め、ぼくの方を見ていた。

 ぱっつん前髪にかかる殺気じみた目は、

 一歩も引き下がりませんよ、

 と如実に主張してくる。


「二人とも、きいて。

 奴らの狙いは、魔法剣士である、我の命。

 我の、絶対零度のスキルよ」


 ぼくは、冷静に今井の動向を分析した。

 話し方が通常から変化し、

 アニメの声優みたいになっている。

 さらに、表情や立ち振る舞いが、

 大袈裟に芝居がかっている。

 あと、目つきが、魔法剣士? 

 になりきっているのだ。

 演技力は認める。

 しかし、単なる幼稚な中二病の発言だ。



「フフフッ……」


 そこから、今井は意味深にあざ笑った。

 左手の小指のさきっぽを口元にあて、

 しめはシリアス顔でキメていた。

 ぼくは思う。

 それらのポーズにたいした意味はないだろう。

 それから、


「今井、君は、本気で言っているのか?」


 ぼくはストレートに攻めた。

 小嶋も真顔で返答を待つ。



「言ってません。言ってません。

 まさか、わたしのこと、バカだと思ってるの?」


「疑いはじめている」


 ぼくは素直に答えた。

 すると今井は、ちいさな口をとがらせ、

 そっぽをむいた。

 胸にたれる横髪もつられてクルッとした。



「上杉くんって、器がちっこい」


 今井はぶつぶつとぼやきながら、

 スパッとペットボトルのキャップを開封した。

 レモンと炭酸の香りが辺りに漂った。

 甘い。

 子どものころに、

 飲んでいたジュースの匂いがする。

 今井はボトルに口をつけ飲んでいた。

 シュワ──ッと、潮騒のような音を立て、

 ボトルの中で、夏の泡が弾けていく。




「とりあえず、飯にするか!」


 剣呑な雰囲気をぶっこわすように、

 ぼくと今井に挟まれた、小嶋が言った。


 黒板から見て、

 ぼくが、右の席。

 小嶋が、まん中の席。

 今井が、左の席。

 これが三人の定位置になった。











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