第22話 喫茶店開店!②
大盛況だったモーニングも、もうすぐお昼に入るのでそろそろ終わりの時間だ。
絶えず忙しなくしていた俺とスライム三人娘であったが、何とか列をなすまでに溢れていた客を捌ききり、今山を越えようとしていたところだ。
だが、まだ安心はできない。
モーニングが終わったら、次はランチタイムに入る。
ランチはやはりモーニングに比べて少し量の多いメニューなのに加えて、調理に手間の掛かるものも多い。
こう言っては何だが、もう少し客足が穏やかになってくれることを願うばかりだ。
「おいおいッ! ランチはねぇ~のかよぉッ!?」
キッチンでコーヒーを入れていた俺にもハッキリと聞こえるくらいの怒声が、店外に設けた臨時の席から聞こえてきた。
店内でのんびりとした時間を過ごしていた客が、一体何事だと目を丸くしている。
俺は大きくため息を吐いた。
ま、ここまで順調に進み過ぎてて怖いくらいだったからな……。
元々店を経営すると決めたときに、こういった問題が起こることは当然想定していた。
まぁ、初日からこんな騒ぎが起こるとは思っていなかったが。
俺が一旦キッチンを後にして声のした店外の席へ向かうと、そこには他の客の視線を浴びながら仁王立ちしている若い冒険者の姿があった。
背中には片手剣を差し、胸や肩、脛に最低限の防具を装備している男だ。
そして、そんな男のパーティーメンバーなのだろう――他にも二人、同じ十代後半から二十代前半の冒険者が椅子に座っていた。
「おい! 俺らはランチを食いに来たのに、ねぇだと!? ふざけてんのかッ!?」
「申し訳ございませんお客様。今はモーニングの時間でございまして、ランチはもうしばらく待っていただかなくてはなりません」
そんな冒険者の接客をしているのは、エリンだった。
正義正しく頭を下げ、何とか冒険者を宥めようとしている。
しかし、その男は収まることを知らないようだ。
「俺に待てだとッ!? この俺にッ!? 先月オークの群れを討伐した、このベリア様に!?」
「申し訳ございません」
再び頭を下げるエリン。
しかし、そんな光景を眺めながら、この場で謝罪しても何の意味もなさないことを理解していた。
怒声を上げる冒険者――ベリアの連れの表情を見ればわかる。
困っているエリンを見て馬鹿にするように笑っている。
間違いなくコイツらは、悪意を持って騒ぎを起こしているのだ。
口ではランチが目当て風なことを言っているが、目的が騒ぎを起こすことである以上、謝罪は無意味だ。
「謝ってばっかりじゃなく誠意を見せろよ誠意をッ! 本当に悪いと思ってんだったらそうだな……ここに座って酌をしろ」
ベリアはそう言ってドカッと椅子に深く腰掛けると、自分の太腿を叩いてみせる。
「お客様、それはちょっと……」
「はぁ!? 俺はベリア様だぞ!?」
いるんだよなぁ……こういう勘違い野郎。
まだ冒険者としての活動歴が少なくて経験を積んでいない奴に多いんだが、短期間で成果を上げるとまるで自分が凄い人間なんじゃないかと錯覚して、何をしても許されると勘違いしている。
「ほら、とっとと座れやッ!」
「ちょ、困ります――」
ベリアが無理矢理エリンの手を引き、自分の脚に座らせようとし、連れの二人も戸惑うエリンを下卑た笑みを浮かべて見ている。
流石に見てられず、俺はベリアとかいう男の手を払い、エリンを背に庇う。
「ご、ご主人様」
「エリン、ここは俺に」
「は、はい……」
「あぁ!? 誰だよてめぇ! 男なんざお呼びじゃねぇの!」
再び立ち上がったベリアが俺を威嚇するように顔を超至近距離まで近付けてきて怒鳴り散らかす。
「すみませんがお客様。当店は店員にお酌をさせるといったサービスは行っておりませんので」
「知るかんなこと! 俺は誠意ある謝罪を求めてんだよ! だから酌してくれたら許してやろうって言ってんだろ!」
「許してやろうも何も、ランチの時間はそこのボードにも、お客様の手元にあるメニューにも書いてある通り、十一時からですので」
「うっせぇ! さっきからてめぇ、誰に口きいてると思ってんだ! 俺は――」
「――先月オークの群れを討伐したベリア様、ですよね」
「あ、ああ、そうだ!」
「では、先月オークを討伐したダリア様。もう一度申し上げますが、ランチは十一時からですので、改めて来ていただくか、是非モーニングをお召し上がりになってください」
「ったく、話の分かんねぇ奴だなぁ!?」
ベリアはそう叫ぶと、背中から片手剣を引き抜き、それをチラつかせてくる。
「痛い目見ねぇとわかんねぇのか!? おい!?」
「いえ、痛い目見てもランチは十一時からですので」
「……ッ!? てんめぇ、どこまでもバカにしやがってッ!?」
そう言ってベリアは俺の身体を突き飛ばして距離を作ると、剣の切っ先を俺に向けてくる。
興でも乗って来たのか、連れの二人も「やっちゃう? やっちゃう~?」などと楽しそうに笑いながら自分の得物を構える。
「すみません先月オークを討伐したダリア様。喫茶店はこういった騒ぎを楽しむ場所ではないので、それが目的ならどうぞ荒くれ者が集う酒場へ」
「その減らず口二度と開けねぇようにしてやるッ!」
ベリアが勢いよく剣を突き出してきた。
太陽光を反射してキラリと光る銀色の剣先が俺の身体に向かって伸びて伸びて――――
パキィイインッ!?
どこか気の抜けたような、甲高い音が鳴り響く。
刀身の半分から先が折れて、地面に突き刺さっていた。
そして、いつの間にか俺の前にはミズハが立っており、右手を横に払った状態で止まっていた。
え、コイツまさか素手で剣を折ったのか……?
ベリアとその連れはもちろんのこと、俺もかなり戸惑っている。
「たとえ貴様が客であろうと、若に害成す者は拙が払う」
「な、何だてめぇ!?」
ベリアは負けじと折れた剣をミズハに振り下ろすが、ミズハはベリアの剣を持つ手首を片手で掴むと、そのまま流れるような動作で捻りを加えて関節を決めつつ、地面に投げ捨てる。
「ぐはっ……!?
「舐めやがってッ!」
今度はべリスの連れの二人が襲い掛かってくる。
すると、スカートに隠れていてわからなかったが、エリンが足に装備していたナイフを取り出すと、一人の冒険者の喉元に突きつける。
俺は簡易拘束魔法【マジックバインド】を発動し、魔力で編まれたロープで最後の一人を雁字搦めにする。
「な、何だコイツら……つえぇ……!?」
ベリアが苦しそうに呻き声を上げながら、そう呟く。
恐らくこいつらが冒険者になるより早く、俺はこの街を出ていたであろうから、知らないのも無理はないか。
というか、俺が誰かを知っていたらまずこんな騒ぎを起こそうとはしないはずだ。
「ま、名乗るほどのものでもないけどな。帰ったらギルドで聞いてみると良いんじゃないか?」
あえて自分から名乗ることはしなかった。
それに、正直『元勇者パーティー』だなんて言いたくないところがあった。
他の冒険者からすると「すげー」となるのかもしれないが、俺からしたらただ単に用済みで追放されただけなのだ。決して人に言い触らすようなことではない。
これで一件落着かと思って一息着いたそのとき、店の中からフウカが出てきた。
「ちょっと、騒ぎが収まったなら早く戻って来てくれない? 今私一人で店回してるんですけど」
「あ、すまんすまん」
「あ、それと――」
フウカが視線を俺から騒ぎを起こしていた三人の冒険者に向ける。
そして、ゾッとするような冷たい表情を作って言った。
「今度騒ぎを起こしに来てみなさい? 今度は私が全員グリルにしてあげるから」
「「「ひぃ――ッ!?」」」
ボォウ! とフレンの右手に炎が灯っているのを見る限り、どうやらただの脅しではないようだ。
俺は心の中で、せめてレアステーキくらいにとどめておいてあげてくださいと祈るのだった――――
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