第17話 最強のエンシェンター!!

「上級範囲拘束魔法【グラビティバインド】だ。悪いけど馬車の準備が整うまで、そこで大人しくしててもらう」


「くっ……!」


 俺は長杖を掲げて魔法を展開したままそう告げた。


 自身に掛かる重力が増大したために、その場で動けずにいる衛兵らが俺のことを物凄い剣幕で睨んでくるが、ミズハが馬車の準備を終えるまでこのままの状態を維持だ。


 しかし、そう上手く事は運ばなかった――――


「賊の一匹や二匹、この私自ら成敗してやろうッ!」


 そんな声と共に、屋敷の二階から、俺の頭上に飛び降りてくる人影。


 俺は咄嗟にその場から飛び退き回避する。


 ――大丈夫だ。【グラビティ・バインド】は問題なく展開されている。


 本来魔法発動中に術者が動くと、集中が途切れて魔法が解除されるのだが、そこは腐っても元勇者パーティー。

 少し移動したくらいで集中は途切れず、魔法も継続。


 その証拠に、まだ衛兵らは動けずにいた。


 だが…………


「流石に戦闘しながら【グラビティ・バインド】の維持はキツイか……」


 先程降って来た大きな人影を睨む。


 中年小太りで、高価そうな装飾をジャラジャラ身に纏ったその人物こそが、領主ガレフ・ルージャスだ。


 ガレフはバリバリの冒険者というわけではないけれども、一応貴族としての嗜みとして武術は心得ている。


 恐らく中堅冒険者辺りの強さは持っているだろう。


「何奴か知らんが、この剣の錆となるがいい!」


 ガレフがそう言って掲げたのは、思わず「うわぁ……」と声を漏らしてしまうような、豪華な装飾が施された、正直悪趣味な長剣だった。


 俺はドン引きしながらも、咳払いを一つ挟みガレフに言う。


「領主ガレフ。お前は領民に必要以上の税を課し、払えない者からは娘を奪った。それだけに飽き足らず、夜な夜な領民の女性らを攫った。証拠も確保済み……もうお前に未来はない。大人しく自首しろ」


「ぶぁーか! 誰が自主なんてするか! 早々に賊を捕らえて口を封じ、逃がした娘達も連れ戻すまで!」


「悪いけど、お前に捕らえられるほど俺達は弱くない。特に俺の連れはな」


「ぐはは、何を言うか! 外で騒いでおる貴様の連れは防戦一方と報告が入っておるぞ? 捕らえられるのも時間の問題だ!」


 いや、それはアイツらに手加減を命じたから拮抗した状態になってるだけなんだが……。


 本来ならば、この程度の屋敷一つ葬り去るくらいアイツらは単騎でやってのけるだろう。


 だが、そうしなかったのは攫われた女性達を無事に助け出したかったのと、この事件の元凶であるガレフには国から然るべき処罰を受けてもらいたかったからだ。


「さて、先に貴様を始末してやろう!!」


 そう言ってガレフが大上段に長剣を構えて突進してくる。


 太っているくせに割と機敏に動けているのは、何かのスキルのお陰だろうか。


 ――って、そんなこと考えている場合じゃない!


 今俺は衛兵達に【グラビティ・バインド】を展開しているため、相当な集中力を削がれている。


 となるとここで取れる手段は、魔法の集中を切らすことなくガレフの剣を躱し続けるか、衛兵らに展開している魔法を解除するかだが。


「めんどくさいっ!」


 俺は不満を口にしつつ、後者を選択した。


 魔法が解けた途端衛兵らはすぐさま立ち上がり、槍を向けて襲い掛かってくる。


 正面からガレフ。周囲から衛兵。


 再び拘束魔法を展開してみるか?


 いや、それだと結局また新手が来たときに対処出来なくなる。


 なら、あの手しかないか。


 恐らく馬車の用意が整うまで、そう時間は掛からないだろう。


 だったら、何とかなる……はず!


 俺は正面からのガレフの剣撃をバックステップで回避すると同時、長杖を構えた。


「支援・強化魔法――【フィジカルブースト】【プロテクション】【キャパシティイクスペンション】【ファストアクション】……」


 本来俺の仕事は味方の支援。


 一時的に仲間の身体能力を上げたり、魔力容量を拡張したり、エトセトラ……だが、自分の魔法は自分に掛けることも可能だ。


 もちろん本職が剣士の人の身体能力を上げた方が戦闘に役立つし、魔法師の人の魔力容量を拡張した方が理にかなっている。


 だが、味方がおらず、エンシェンターが自分自身で戦わなくてはならなくなったとき、奥の手としてこういう戦い方も出来るのだ。


 言ってしまえば、『バフ盛り盛りその場しのぎフォーム』だ。


 もちろん強力なモンスター相手に有効かと言われれば頷きがたいし、熟練の冒険者相手に通用するかと言われればノーだ。


 しかし、相手は長い旅路を経た冒険者でもなければ、ボスモンスターというわけでもない。


「なら問題なしっ!」


 俺はあらゆるステータスが大幅強化された状態で、手近な衛兵に詰め寄り、鎧越しにサイドキックを一閃。


 いくら俺が冒険者とはいえ、本来ならある程度訓練されている衛兵にキックしてもたいしたダメージにならないだろう。


 しかし――――


 ダァアアアンッ!


「ぐはぁっ……!?」


 後方に大きく吹っ飛んだ衛兵は身体を屋敷の壁に打ち付けて、そのまま昏倒状態になった。


 続けて、迫ってくる衛兵らから順番に、槍の突きを横目に躱し左ストレート。

 横から突き出された槍を長杖で薙ぎ払い、回し蹴り。


 次々と衛兵らを吹っ飛ばし、昏倒させていく。


 その光景を目の当たりにして、ガレフはただただ立ち尽くし、顔を青ざめさせていった。


「時間稼ぎのつもりが、結局全員倒しちゃったな……」


 俺はそう呟いて最後の衛兵を放り投げる。


 すると、屋敷に空いた大きな風穴の向こうから、ミズハの声が聞こえた。


「若っ! 馬車の準備が整ったぞ!」


「りょーかい!」


 俺は声を張ってそう答えたあと、立ちすくむガレフに視線を向けた。


 正直もうコイツを相手にする必要はない。


 一つ溜息をついてからその場を後にしようと足を進めるが、最後の足掻きのつもりか、ガレフが叫びながら突っ込んできた。


「よくも……よくもッ!? 薄汚い冒険者風情がぁあああああッ!!」


 踏み込みと同時、大きく剣を振り下ろしてくるガレフ。


 俺はそんなガレフを冷静に見据えて――――


「俺が薄汚い冒険者なら、お前は穢れ切った外道だ」


 半身になって剣を躱し、長杖をガレフの腹に叩き込む。


「ぐえぁっ!?」


 間抜けな呻き声を漏らすガレフに構わずそのまま振り抜くと、ガレフの巨体が大きく吹っ飛び、屋敷の壁に打ち付けられた。


 既に意識を失っているのはわかっているが、あえて俺はそんなガレフに言った。


「ここは俺がのんびり平穏に暮らすために戻って来た大切な街だ。お前みたいなクズにめちゃくちゃにされてたまるかよ」


 下される処罰を素直に受け入れるんだな、と心の中で付け加えてから、俺はミズハが開けた風穴を通って馬車に合流した。


 あとのことは国から派遣される調査官に任せればいい――――

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