第18話 そうだ、喫茶店をやろう!①

 後日、領主ガレフ・ルージャスは王都から派遣された騎士に連行されていった。


 今後この地を統治する新しい領主が立てられるという話ではあるが、今度はまともな領主であることを願うばかりだ。


 さて。正直俺はそんなことより、手元に入って来た依頼報酬のお金が想像以上に多かったことに驚きと喜びを感じていた。


 まぁ、それもそのはずで、助けた女性達は十五人。そのすべての人に捜索依頼が出されており、俺一人がその報奨金を手にしたのだから、この額は当然と言えば当然。


 これで目標であった何かの店でも経営しながらのんびり暮らすというのが達成できそうなのだが、肝心などういう店を経営するというのが悩ましいところで――――


「それでご主人様。結局何のお店を開かれるおつもりなんですか?」


 セルティエの街をスライム三人娘と何となく歩いている途中、ピョコッとケモミミを震わせたエリンが首を傾げる。


「それだけじゃないわよ。どこで開くかも重要よね」


 と、フウカが至極真っ当なことも付け加えてくるので、俺は何か良いアイディアが浮かばないかと、周囲の風景に視線を向けてみる。


 武具店が数件、ポーションなどを売っている調合屋……冒険者の活動に関わるようなお店は既に多くあり、新しく開いても客足は見込めそうにないな。


 服屋も割とあるし、何より俺はファッションセンスを持ち合わせていないのでそういった類の店も論外。


 となると飲食店だが、ギルドに併設されている酒場を筆頭に、そこそこの数の飲食店がある。


「……いや、しっかり店揃ってんじゃん」


 そりゃそうだ。


 馬車で片道一日半の距離に王都があり、比較的栄えていると言っても良い街だ。店が揃っていないわけがない。


 大人しく冒険者稼業か……と諦めようとしていたとき、ふとすれ違った女性二人の会話が耳に入って来た。


「ねぇ、ちょっと小腹が空かない?」


「そうねぇ。じゃあ、どこかで食べていく?」


「そうしましょう! と、言いたいところだけど……この街酒場ばっかりなのよねぇ~」


「そうなのよねぇ。酒場ってむさ苦しい冒険者の溜まり場って感じで、入りづらいわよねぇ……」


「そうそう。どこか気軽に行けるお店があったらいいんだけどね~」


「ね~」


 と、そんな会話をしながら通り過ぎて行った。


 俺は思わず足を止め、そんな話をしていた女性達の背中をジッと見詰めてしまっていた。


 すると、服の袖をキュッと引っ張られる感じがしたので、そちらに視線を向けると、ミズハがどこか寂しそうな上目遣いをしてきていた。


「若様は、ああいった女性が好みなのか……?」


「……え?」


 急に何の話だと戸惑っていると、フウカがいかにも「引くわぁ……」と言わんばかりの半目をこちらに向けて口を開いた。


「あれどう見ても人妻でしょ。貴方、もしかしてそういう趣味なワケ……?」


「は、はぁ!? ちがっ――」


「――ご主人様ったら! 周りに三人のうら若い乙女を侍らせておいて、他の女性に目移りするだなんて……っ!?」


「え、エリンさん!? 言い方言い方! 別に侍らせてないし目移りしてないし、乙女ってお前らスライムじゃん!?」


 わざとらしく目元にハンカチを当てて嘆くエリンにたまらずツッコミを入れつつ、俺は「そういうつもりで見てたんじゃない!」と三人を黙らせる。


「じゃぁ、どういうつもりで見てたのよ。あんなにジィーっと舐め回すような視線を――」


「――向けてないからな!?」


 ホントかしら、とフウカが不満げに腕を組んで見せるので、俺は理由を説明する。


「いや、あの人達の会話が気になってさ。この街は酒場ばかりで、気軽に入れる飲食店がない、的なことを話してたんだよ」


「そう言われてみれば……確かに酒場が多いですね。特に女性なら、気軽に入れて小腹を満たす程度の料理を提供してくれるお店が欲しいところでしょう」


 エリンが顎に手を当ててそう分析してみせる。


 俺はそれに頷いて話を続ける。


「そこで、喫茶店を開くってのはどうだ?」


「「「喫茶店?」」」


 三人が揃って首を傾げる。


「カフェとも言うんだが、少し前から王都や大規模な街に出来始めた店でな? 酒場のように飲み食いして談笑する場でもなければ、レストランのように厳かな雰囲気がある場でもない」


「よ、よくわからないわね……」


 そうフウカが呟く通り、他の二人もあまりピンと来ていない様子だった。


 しかし、かく言う俺も、そんなに喫茶店に通っていたわけではないので、うまく説明することが出来ない。


 そして、そんな状態で喫茶店を始めても上手くはいかないだろう。


 となれば、やはり喫茶店の知識が必要だ。


「まぁ、実際に見た方が早いかな」


「それはそうだが、喫茶店なるものがあるのは、王都や大きな街だけなのだろう? 気軽に足を運べる距離ではないのでは?」


「実はその心配は要らないんだミズハ」


「なにゆえ?」


「ミラが転移魔法を使える。帰りはともかく、行きは一瞬だ」


「「「おぉ……!」」」


「じゃ、喫茶店とは何かを学ぶためにも、明日王都に行くとするか!」


「「「おぉ!!」」」


 俺達は空に向かって拳を掲げた。


 ちなみにこの瞬間、ギルド支部長室に「くちゅっ!」という可愛らしいくしゃみの音が鳴ったのは、俺達には知る由もないことだった――――

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