第13話 懐かしの故郷③
「久し振り、というべきかしらね。アラン?」
カーテンの閉められた薄暗いギルド支部長室のソファーの上に、足を組んで優雅に腰掛けていた幼い少女が、微笑みながらそう口を開く。
外見的に十二、三歳くらいに見受けられる少女であるが、その整った顔立ちや豪奢な金髪、何と言っても薄暗さの中で爛々と輝いて見える深紅の瞳が、幼さを掻き消して凄みを放っている。
「ああ、久し振り。文字通り言葉通りに相変わらずだな、ミラ」
「ふふっ。貴方は少し背が伸びたかしら?」
そう、本当にこの少女――ミラ・エルブランディアは相変わらずなのだ。
ミラはこのギルドに併設された孤児院の創設者であり院長でもあるため、俺は幼少期からミラと関わってきたが、そんな俺の幼い頃の記憶にあるミラの姿と、今目の前に入るミラの姿は瓜二つ。いや、それどころか完全一致だ。
一見するとただの幼い少女。
だが、彼女は人間などでは決してない。
古の時代に栄えたヴァンパイア族の末裔――それが彼女の正体だ。
不老不死であるミラの実の年齢を知るものはいないし、もしかするとミラ自身でさえもうわからないのかもしれないが、史実上三桁は確定している。
「ね、ねぇ、アラン。あの女の子がアンタの言ってたお世話になった人なわけ?」
「ああ、そうだ。だが、ああ見えてミラは女の子なんかじゃないから気を付けろよ? 実のところ文字通り桁違いのババ――」
「――ア~ラ~ン~?」
俺の言葉を遮るように、ミラがとても見掛け十二歳かそこらの少女が浮かべるとは思えないほどにプレッシャーの籠った冷笑を浮かべるので、俺はそれ以上言葉を続けるのをやめざるを得なかった。
「コホン。それにしても、面白い仲間を見付けたのね」
「ああ、コイツらな」
ミラが俺の後ろに並ぶ三人へ視線を向ける。
どうやら、ミラはコイツらの正体がスライムであることに気が付いているようだ。
「こっちからフウカ、ミズハ、エリンだ」
俺の紹介に合わせて三人が軽く頭を下げる。
「ふふっ、そう硬くならなくていいのよ」
ミラはそう言って幼げで可愛らしい笑顔を浮かべてみせるが、やはりその全身から溢れ出るただ者ならぬオーラは隠せるものではない。
俺はともかく、初対面で慣れていないこの三人が委縮してしまうのは仕方のないことだろう。
「それにしてもアラン。私の感覚からするとついこの間セルティエを発っていった気がするのだけれど、それにしては随分と早い帰りだったわね?」
「二年をついこの間なんて言えるのはお前くらいなもんだよ……」
俺はミラとの時間感覚の大きなズレに苦笑を作る。
「ま、帰ってきた理由は早い話、勇者パーティー追放されちゃったんだわ」
「へぇ。それは残念だったわね」
「……感想それだけかよ」
「何? 慰めて欲しいの? 昔のように辛いことがあったらこの胸に飛び込んできたいの? 別に良いわよ、いらっしゃい?」
「誰がいらっしゃるかッ! ってか、子供のときの話を掘り返すな恥ずかしいっ!」
「ふふっ。ちっちゃい頃のアランは可愛かったわね~。『いつかミラ姉ちゃんを守れるくらい強くなる!』だったかしら?」
「あぁあああ~~ッ!?」
俺は羞恥心に耐え切れず、その場で頭を抱えて叫んだ。
「頼むからこれ以上掘り返さないでくれっ! 恥ずかしすぎて死ぬ!」
流石にこれ以上からかうまいと笑ったミラは、特に申し訳なく思ってもなさそうに「ごめんなさい」と謝ってくる。
だが、俺の後ろに控える三人がやけに興味津々な様子だったので、これはあとで俺の幼少期について色々聞かれてしまうかもしれない。
こうして再び顔を見せるという目的は達成したところで、俺は一度咳払いをし、話題を持ち出す。
「そういえばミラ。久し振りに帰ってきたと思ったら、やけに街に活気がなかったが、何かあったのか?」
そう尋ねると、ミラはやや声のトーンを落として「やっぱり気付いたのね」と意味ありげに答える。
「領主が代替わりしたのよ」
「それが、街の様子と関係してるのか?」
「ええ。前領主の息子――ガレフ・ルージャスが領主になって、領民から無茶な税金を取り立てるようになったのよ」
「はぁ? そんなの許されるはずないだろ。告訴すれば――」
「――そこよ。ガレフはギリギリ違法とはならないラインで課税してるわ」
それだけじゃないの、とミラは話を続ける。
「期限内に税金を納められなかった家庭から、罰として娘を攫っていったりしてるわ。もしかすると、近頃起きてる失踪事件の裏にもガレフがいるのかもね」
「失踪事件?」
「ええ。ガレフが領主に就いてから、領地で若い娘が失踪する事件が続いてるのよ。
「なるほどな。そりゃ、街の活気がなくなるわけだ」
元凶は考えるまでもなく、領主ガレフ。
しかし、ガレフが課す税金は一応合法的なもので、税金未納者から等価の何かを取り立てるのも別に問題ではない。
罪を犯していない領主を告発するのはまず不可能だ。
であれば、何か一つでも罪を犯している証拠さえ押さえられれば告発できる。
それこそ、ミラの言った若い娘の失踪事件。
それがガレフの企みであるならば、その証拠を掴み告発する。
国から厳重な処罰を下されたうえで、領主としての任も解かれることだろう。
「まぁ、何にせよ早く事件が解決することを祈ってるよ」
「あら、手伝ってくれないのアラン?」
「俺はもう冒険者稼業はほどほどにしようと思ってるんだ。この街に戻ってきたのも、何か適当に店でも営みながら、のんびりまったり過ごすためなわけで」
「へぇ、なるほどね。まぁ、別にそれでもいいんじゃないかしら。ただ、店を開くにしてもお金は掛かるわよね? そこのところは大丈夫なのかしら?」
「大丈夫なんじゃないか? これまでの冒険での稼ぎがまだ残ってるはず……」
俺はアイテムボックスから持ち金を取り出す。
しかし、思った以上に重量感に欠けていたので顔を引きつらせていると、ソファーに座っていたミラがニヤニヤとこちらを見ていた。
「い、いや! まだ俺の口座に貯蓄が!」
「あら、そう? 本当に店が開けるくらいの貯蓄があるのかしら? いくら勇者パーティーとして稼いできたとはいえ、装備のメンテナンスや加工なんかで色々と経費はかさむでしょう? それに、最近かなりお金を使ったんじゃないかしら?」
そう言ってミラは俺の後ろに立っている三人に視線を向ける。
三人ともが纏っている装備はかなり上等なものだ。
それは俺が保証する……だって、俺が買ったんだもん……。
「ま、店を出すくらい経済的に余裕があるなら安心ね! さ、私は仕事があるからそろそろ帰りなさい? また新しく失踪事件の調査依頼が入って来てるのよ」
そう言ってミラがソファーを立ち、事務机の方に歩いていこうとするので、俺はその細腕を掴んで引き留めた。
「ん、どうしたのかしらアラン?」
……このにやけっぷりですよ!
撒き餌に食いついた魚を見下ろす漁師のような表情。
俺は仕方なくこのときだけ釣られる魚になるしかなかった。
「ちょ、丁度暇だったんだよ……」
「ふぅん? それで?」
「や、やっぱり住む街の治安が良いことに越したことはないし、俺がその失踪事件解決の依頼を引き受ける……!」
「へぇ、随分と上から目線なのね?」
「っ……!? 引き受け、させてくださいっ……!」
「ふふっ。よく言えました」
ミラは満足そうな笑みを浮かべて、項垂れる俺の頭をポンポンと二回優しく叩く。
……まったく。
ミラにはいつまで経っても勝てそうにないな。
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