第10話 美少女スライム、最強でした③

 俺の脇を通過していって大きく跳躍したフウカ。


 見えた残像はフウカの赤い髪か――否。槍に灯った赤い炎だ。


 フウカは空中で身を捻り、その反動を利用して燃える槍を動けなくなったゴブリン達に向けて投擲。


 夜闇に一条の赤い流れ星が駆けて、着弾。


 ピカッと、一瞬景色が白熱する。そして…………


 ドゴォオオオオオ――ッ!!


 地面に突き刺さった槍を中心に爆炎が吹き上がり、情け容赦なくゴブリン達を焼いた。


 灰となったゴブリン達が風に吹かれる焦土の上にフウカが降り立ち、突き刺さった槍を引き抜く。


 そんな光景を目の当たりにした客と共に、彼女らの主人である俺でさえも口をあんぐりと空けていた。


「ふ、フウカ……? 何か強くね……?」


「そ?」


 俺の呟きに、フウカは余裕な表情でサッとツインテールを手で払って答える。


 そんなとき、ゴブリン陣営もフウカがヤバいと理解したようで、真っ先に彼女を倒そうとゴブリンシャーマン達が再び【ファイアボール】を放つ。


 一個一個の威力は大したことなくとも、放たれた弾数は十近く。


 生身で当たれば無事では済まない。


「フウカッ!!」


 俺は慌てて防御魔法を展開しようとするが、フウカはたった一言「要らないわ」と言って飛来してきた火球を悠然と見据え――――


 ドドドドドンッ!!


 何か対策するのかと思いきや、フウカが迫るファイアボールに向かって左手を伸ばす姿を見たが最後、着弾した【ファイア・ボール】の爆炎に飲まれてしまった。


「ふ、フウカ……!?」


 俺は慌てて舞い上がった煙の中にいるであろうフウカに駆け寄ろうとするが、そんな俺の焦りとは正反対の呑気な声が隣から聞こえた。


 客と馬車の守りはもう充分だと判断したのか、いつの間にかミズハとエリンがこちらに来ていたのだ。


「あれは中々な威力であったな~」


 至って呑気なミズハの感想に、エリンも「そうですねぇ~」と世間話でもしているかのように頷く。


 俺は一瞬、コイツらには仲間がやられたことに対する怒りや悲しみと言った感情がないのかと疑ったが、そうではなかった。


 風が吹き、巻き上がった煙が払われる。


 晴れた景色の中に、フウカがまるで先程の【ファイアボール】を受け止めたかのように左手を伸ばした状態で佇んでいた。


 パッと見た感じ、身体に傷跡はなし。


「ど、どうなってるんだ……?」


「どうかしたのか、若?」


「え、いや……だって、何で【ファイアボール】受けて無事なんだ、アイツ?」


 そんな俺の戸惑い混じりの疑問を受けて、ミズハとエリンはキョトンと顔を見合わせて、吹き出した。


「ぷっ、くくく……! 何を申すかと思えば若……ふっ、笑いが、笑いが収まらぬ!」


「ふふふ。もう、ご主人様……私達はスライムですよ?」


「い、いや。それは知ってるが……」


「スライムは、自身と同属性のあらゆる効果を受け付けません。だから、フウカさんには火の、ミズハさんには水の、私には風属性のあらゆる効果が意味を成さないんです」


「ま、マジ……!?」


「はい。マジです」


 し、知らんかったぁ~……。

 いや、これ知ってる奴あんまりいないんじゃないだろうか。


 スライムは駆け出し冒険者でも相手にするかどうか怪しいモンスターだし、ましてや属性攻撃を身に着けるくらい経験を重ねた冒険者が、わざわざスライムと戦ったりしない。


 呆然とする俺をよそに、今度はエリンが弓を構えた。


 矢じりの先端は真っ直ぐゴブリンシャーマン、そして、それらと一緒に構えるゴブリンアーチャーのいる方へ向けられており――――


「風よ――」


 エリンがそう呟いた瞬間、引き絞られた矢に風のベールが纏った。


 そして、ビュンッ! と勢いよく放たれる。


 撃ち出された矢は、風の尾を引きながら真っ直ぐ、ひたすら真っ直ぐ飛んでいき、正確無比にゴブリンシャーマンとアーチャーが並ぶ隊の真ん中へ突き刺さった。


 完璧な狙撃――と、驚くのはそれだけではなかった。


 着弾した矢から爆風が生み出され、その辺り一帯のゴブリンを巻き込んで竜巻となる。


 もみくちゃになって空に打ち上げられたゴブリン達は、風の勢いを失った途端、重力に従って落ちてきて、地面に打ち付けられる。


 まぁ、まず生きていられる高さからの落下ではなかった。


「さて、残るは将ただ一体だな」


 ミズハがそう呟いて前に歩き出すと同時、もう後がないと躍起になったゴブリンキングが、その巨体でズシズシと駆けてくる。


「お、おいミズハ……あれの相手は流石に……」


「まぁ、若はそこで見ておれ」


 ミズハはそう言って、走ってくるゴブリンキングの進路上で構えた。


 腰をやや低く左足を引いて、刀のつばに左手親指を掛ける。右手はいつでも刀を引き抜けるように軽く添えられていた。


 ゴブリンキングが迫る迫る。


 その巨体から繰り出される重い一撃を喰らえば、決して無事では済まない。


 にもかかわらず、ミズハは悠然と構えを取ったまま動かず。


 そして、ドン! とミズハの間合いにゴブリンキングが足を踏み入れた瞬間――――


「一閃は、清水きよみずが流れるが如し――」


 そんな呟きと共に、ミズハが鯉口を切った。


 刀身にどこからともなく水が集い、刹那の間に振り抜かれた刀の延長線上を川のように辿る。


 超圧縮された水は高圧ウォーターカッターとなり、ゴブリンキングの巨体を左斜め下から右斜め上に掛けて切断した。


 力を失ったゴブリンキングの巨体はその場に倒れ込み、訪れた沈黙の中、ミズハが刀をチンッと収める音が鳴る。


 そして――――


「「「勝ったぞぉおおおあああッ!!」」」


 無事戦い抜いた冒険者達が、揃って歓喜の雄叫びを上げたのだった――――

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